大丈夫、浮気じゃないから。
「失礼しました、お疲れ様です」


 なんでコイツの言う「失礼しました」はいつも石板(せきばん)文字くらいの温度感しかないんだろう。やっぱり馬鹿にされてる気がする。


「先輩方、隣空いてるんなら座っていーすか」

「どうぞ」


 私とみどりが荷物をどけると、松隆が私の隣、山科がみどりの隣に座った。みどりが純和風の美少女である一方、山科の見た目はどこのクラブのDJですかと言いたくなるような濃い顔と薄い髪色なので、山科が同じテーブルについただけでこの4人席の色物ぞろい感がすごい。ただでさえ松隆の顔は人目を引くのに。


「空木さん、顔面隠してにらめっこでもしてたんすか?」

「山科の顔ほど笑えるものはないから安心していいよ」

「ヒッド! 聞きました、みどりさん、いまの暴言!」苦笑いするみどりに構わず「てか聞いてくださいよ、隣に住んでる高校生と今朝会ったんすけど、俺マジでめちゃくちゃ馬鹿だと思われてるんすよね」

「実際、山科は競馬鹿(けいばか)じゃない」

「いや競馬は関係なくて、マジで。隣の高校生が、今年受験生らしいんすけど、『いやー、模試の結果返ってきたけど、志望校余裕っすわー。山科さん、大学はマジで出たほうがいいっすよ』って言われたんすよ!」


 私と松隆だけではなく、みどりまで珍しく声を上げて笑った。確かに、金髪の少し手前の長髪で、伊達なのかなんなのか分からない黒縁眼鏡とくれば、そう見えるのも仕方がない。


「なに、高卒フリーターと思われてるの?」

「ちゃいます、高卒ニートと思われてるんですよ」

「朝から晩まで競馬場に出入りしてたら、そりゃそうなんじゃない」

「また授業来てないの? 山科……」


 松隆の指摘に眉を顰めれば「最近やっと3限に遅刻しなくなってきたんすよね」とハードルの低い返事がきた。前期は期末試験以外に姿を見かけないと言われていたことを思えばマシになったのかもしれないが。


「で、先輩らなにの話してたんすか」

「しつこいのは顔だけにして」

「いやいやいや、空木さん、マジ暴言過ぎますって」

「あたし、お茶とってくるね。生葉ちゃんいる?」

「いる、ありがとー」


 聞かれたら誤魔化しきれないと踏んだのか、みどりが立ち上がって逃げてしまった。だがここで幸いなのは、山科の推しメンがみどりであるという事実だ。


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