大丈夫、浮気じゃないから。
「あんまりしつこいとみどりにも嫌われるよ」

「いやー、それはマジ勘弁すわ」


 軽薄な口調からはとてもそうは思えないけれど、実は本当に(ひそ)かに「みどりさん、マジで好みなんすよ」と話しているのを聞いたことがある。お陰で「こんなん、昼間っからする話じゃないっすけどねー、みどりさんってどういう男が好みなんすかね」とあっさり話題は変わった。


「さあ、彼氏いないし……。顔の薄い男とかじゃないの」

「それ僕の顔が濃いから言うてるだけでしょ。でもほんまやったらあかん、整形せな」

「この間の飲み会でそんな話になったけど、みどり先輩の好きな顔って普通に王道のイケメンだったよ」

「お前やないかい」

「俺とは言われてない」

「松隆の顔が嫌いな女子なんていないでしょ」


 それは心からの言葉だったし、今までも何度となく口にしてきたものだったけれど。


「じゃ、先輩は僕の顔好きなんですか?」


 そしてその言葉にも「好きだよ」といつも返事をしていたけれど、状況が状況なので返事ができずに固まってしまった。


「いやいや空木さん、こんなとこでラブコメ始めんでくださいよ」


 この時ばかりは、山科の存在に助けられた。内心|狼狽(うろた)えながら「いやそういうのじゃなくて」と誤魔化す。


「この流れで私が好きじゃないっていうわけにはいかないじゃん? だから気を遣おうとしたんだけど、つい正直な反応を」

「最後まで気を遣ってくれません?」

「まー、空木さんが松隆の顔を好きとか言い出したら浮気ですからね」


 顔が好きだというだけで? 一瞬、不可解さが(よぎ)ったけれど「だよね、紘に聞かせらんない」と頷いておいた。隣の松隆は、いつも通りだった。

 その日の夕方、4限が終わった後、講義棟の前で再び松隆と山科に出くわした。山科は「ちわーす。でも僕こっから野暮用なんで、失礼しまーす」とすぐに去っていった。どうせ競馬だ。

 一方、私はTKCとは無関係の法学部組に囲まれていたので、周りの子達が松隆を見て「例の経済のイケメンくんだ」「こんなことなら目の保養のためだけでもテニサー入ればよかったー」と褒めて嘆いてと忙しい。松隆は動物園のパンダ扱いだけれど、慣れているらしく「お疲れさまです」と平然と挨拶をする。慣れているところまで含めて動物園のパンダかもしれない。


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