大丈夫、浮気じゃないから。
「先輩、コート行くなら行きましょうよ」

「えっ……」

「生葉、イケメンの後輩の頼みを断るなよ」


 男前な友人がパンッと背中を叩いた。そりゃあもちろん、普段なら二つ返事で一緒に行っていたけれど。


「いやあ……その、今日は……」

「ラケット持ってるくせに何言ってんの、じゃーね」


 断る理由を探そうとしたのに、今度はラケットを叩かれ、友人達は「また明日ねー」と立ち去ってしまった。授業終わり、人が密集している講義棟前から早く立ち去りたい気持ちは分かるけれど、それにしたって、困ってるのを分かってくれたっていいじゃないか……!

「先輩、なにぼーっとしてるんです」

「ぼーっとなんかしてません。考え事をしてたんです」


 恨みがましい目で睨むと「後輩に向ける目じゃないですよ、怖いですねえ」と飄々(ひょうひょう)と返された。


「なに考えてたんですか?」

「別に松隆に言うことじゃ……」

「コートまで、僕と一緒に行くだけでしょう?」


 なにか問題がありますか? そんな反語的な物言いさえ聞こえてきそうな言い方に、今度はキュッと唇を引き結んだ。


「……一緒に行くだけだから」

「当たり前でしょう。ただ一緒にコートへ行くだけなのに、何も深い意味なんてないですよ」


 何も意味はないのに、何も意味はなかったのに、意味を持たせようとしたのは松隆じゃないか……! そう抗議したい気持ちをぐっと堪えた。


「心なしか、遠くありません?」


 隣を歩いているなんてそう珍しいことじゃないのに、他人かってくらい離れてる、そう言いたげな苦情だった。


「……そりゃ遠くもなるでしょ」

「別に取って食いますって宣言したわけでもないのに」

「お前っ……!」


 真昼間 (といっても夕方だけど)から前回の話を蒸し返され、慌てて周囲を見回した。溢れかえる人の中に紘はいないし、これから正門に向かうにつれて人はもっとまばらになるので心配はないだろう、けど。


「あの話は……ほら、保留に……したじゃん」

「もう少し様子を見てから僕と浮気じゃない浮気をしましょうと」

「浮気はしません!」思わず大声で食い気味に返した後で冷静になり「……そうじゃなくて……私はそもそも、そういうことはしないから……」


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