大丈夫、浮気じゃないから。
 あの日は「なに言ってんの、そんなことしないよ」と、無理矢理それだけを絞り出して答えた。松隆には「じゃ、まあ、気が向いたらということで」と適当に流された。紘と茉莉のことに加え、松隆にそんなことを言われて一緒に夕食など食べれるはずもなく、結局「……そういうわけで、私は帰ります」とたどたどしく、その場から逃げるように帰ってしまった。その後、松隆から何も連絡はなかったし、紘からも、何も連絡はなかった。

 お陰で悩み事が増えたというのに、松隆は今日も私の隣に悠然と立ち、飄々としている。


「じゃあ、大宮先輩との関係もこのまま保留ですかね」


 他人事だと思って! キッと睨みつけるけれど、松隆の笑みはやはりいつも通り。何を考えているか分かったものじゃない。

 ……そう、何を考えているのか、分からないのだ。


「……松隆、なんであんなこと言ったの?」

「僕と浮気しましょうって?」

「何度も繰り返さなくていいんだよ! 刷り込みでもしたいのかお前は!」

「何度も繰り返して刷り込まれるならいくらでも言いますけど。僕と──」

「繰り返さなくていいって言ってるでしょ! 私が言いたいのは、なんでそんなことを急に言い始めたのかって……」


 飄々としたままの松隆に、はっと思い当たることがあった。もしかして、松隆は紘に嫌われていると気付いて、私を通じて紘に嫌がらせでもしようと思っている……? 私がうっかり松隆を好きになって、紘が私に捨てられればいいと? 確かに、松隆の顔さえあれば、この(たくら)みを成功させるのは容易だ。


「先輩、もしかしてイヤな想像でもしてません?」

「もしかして松隆が私を(おとしい)れようとしてるんじゃないかって……」

「先輩、僕のこと物凄い性悪だと思ってません?」

「イケメンは概して性格が悪い」

「だから偏見が酷い。それに、聞いたことないですよ、イケメンは性格が悪いなんて一般論」

「あとイケメンが見返りもなく自分に優しくしてくるはずがないと思う」

「これが僕の優しさだと思います?」


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