大丈夫、浮気じゃないから。
 東野というのは、沙那の彼氏の名前だ。


「『真冬の蜃気楼』を見た後に、大宮くんが『Good bye my…』を持ってるって知って……。それで、大宮くんと『Good bye my…』はそのまま見てて……だから途中から、終わるまでは私と大宮くんの2人だったけど、終わったらすぐに解散したし。生葉ちゃんを変に誤解させても悪いなって思ったから、何も言わなかったんだけど、ごめん」


 茉莉は心底申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げた。


「……いや、別に、沙那が途中で帰ったのは予想外だろうし、しかも相手は東野くんとなれば逆らえないし。仕方ないからいいんじゃないかな」

「いや、でも、やっぱり彼女のいる人と部屋に2人はマズイかなって」

「映画見てるだけだし、マズいも何もないでしょ」


 貼りつけた笑顔で、自分に言い聞かせるような返事を繰り返す。とんだピエロだ。自分で自分が笑えてしまう。

 こんな見栄っ張りな返事を、松隆はどんな気持ちで聞いているんだろう。


「じゃ、2人とも、また」


 少しバツが悪そうな顔をして茉莉が立ち去った後、私と松隆だけが取り残される。


「で、先輩。提案ですけど」

「……浮気まがいの遊びはしません」

「大宮先輩がやってる範囲内なら、浮気まがいも何もないでしょう」

「…………」

「だから『Good bye my…』一緒に見ません?」


 厳密には、紘と茉莉は2人で映画を見ていたわけではない。結果的に2人で見ることになっただけだ。厳密には、全く同じ状況を作出できるわけではない。だから、もし、どうして松隆と2人でと聞かれると、言い訳はできないだろう。


「……いいよ」


 それでも、(くすぶ)った不快感はどうしようもない。


「まあ、僕の部屋はテレビがないんで、それを口実に先輩の部屋をいいように使おうとしているだけですけどね」


 ほらね。肩を竦めて笑った松隆に、私は辛うじて苦笑いを返す。松隆は、口先だけは優しいんだから。

**

「お邪魔します」

「どうぞ。狭いけど」


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