大丈夫、浮気じゃないから。
「小学生のときですかね……。中学と高校も一緒なんで、かれこれ10年近い付き合いです」

「なるほどねえ。それだけ付き合い長かったら松隆が信頼するのも分かるなあ」

「……僕、そんなこと言いましたっけ」


 イヤそうな顔はきっと照れ隠しだ。


「言わなくても分かるじゃん、そういうの。関西にいる子じゃないの?」

「いえ、一ツ橋なんですよ。だから来週の連休だけ遊びに来てて」

「へーえ……」

「先輩がいう幼馴染は、もっと長い付き合いでしょうけどね」


 大にして、田舎のほうが人間関係は密だ。だから幼馴染の定義を「小学校から高校まで一緒」としてしまうと、市内の半分以上は幼馴染になってしまう。


「でも、仲の良さは大して変わらないかもよ。帰省すれば絶対一緒に遊ぶけど、学祭に遊びに来たりはしないし。遠いしね」

「そういえば先輩の初恋っていつなんです?」


 コーヒーを吹き出しそうになった。なんなら、辛うじて吹き出さずに済んだものの、気管に入ってしまったせいで勢いよく咳き込んだ。


「……急になに?」

「いえ、ほんのささやかな興味です」

「ほんのささやかな興味で先輩にコイバナふるの? しかも初恋?」


 幼馴染の話から連想ゲームでもしたか? 自分の中でそう納得しながら「いや、別に大した初恋はしてないけど……」とどもる。


「近所に住んでた家族と仲が良くて、そこの同い年の子が初恋だったけど……」

「へえ……」

「聞いておきながら、なにその反応」

「いえ、大宮先輩が初恋なのかなと思ってたんで」


 コーヒーを飲んでいたらまた吹き出すところだった。でも松隆は相変わらず涼しい表情だ。


「……私だって恋愛くらいしたことあります!」

「あんまりモテないってくだをまいてたことを思い出しまして」

「モテないことと恋愛をすることは両立するでしょ! 顔がいい松隆はいいよね!」


 絶妙なタイミングで9時になってしまったせいで、それ以上松隆を責める時間はなかった。


「……私、映画見ながらぶつぶつ喋るタイプなんだけど、平気?」

「別にいいですよ。見たことありますし」


 映画は暗い森のシーンから始まる。夜中に、誰かが湖に何かを投げ入れる、そんなシーンが暫く流れた後、場面が一転し、集落のような場所で人々が(ささや)き合う。

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