大丈夫、浮気じゃないから。
「……聞けるわけないし、聞いても分からない可能性があるなら、そんなのハイリスクローリターンでしょ」

「だから、僕がこの間の提案をしたんでしょ?」


 その、男の右手が、私の左手に重なった。

 ……かさな、った……? 感触だけでは理解が追い付かなかったけれど、目で確認すると現実を理解できた。驚いて逃げようとして、そのまま手首を押さえられた。ガタッと机が揺れる。拍子にテーブルの上のお菓子がガサッと音を立てた。でも、どうせ背中はベッドだ、後ずさるなんてできやしない。


「だから言ったでしょ、先輩。部屋で2人の男女なんて、どうなるか分からないんだって」


 ブツッ──とテレビの電源が切れた。松隆が空いている手でリモコンを操作したのが、視界の隅に映った。


「え、いや……でもそれは……」

「後輩でも同じです。性別に“後輩”なんて分類はありませんよ」


 ゆっくりと、松隆が姿勢を変えた。松隆の膝が、ロングスカートの上から私の膝の間に降りる。ドクッと心臓が跳ねた。


「なんなら、油断してるぶん、付け込みやすいかもしれませんね?」


 身動きをとれなくなった私の体と、抱き合ってしまいそうなほど。体の熱を感じてしまえそうなほど近くにいる後輩に、言葉を失った。

 その後輩の笑みは、あの夜と同じ。心臓が早鐘(はやがね)を打ち始めた。


「上下関係が通用するのは、部活とサークルだけです。部屋に2人でいたら、先輩も後輩もないですよ」


 この心臓の音は、松隆にも聞こえているのだろうか? そう考えてしまった瞬間、カッと顔に熱が上った。だめだ、心臓は止まれ、顔の熱は逃げろ──。


「相手に彼氏彼女がいてもいなくても関係ない。大学生ですよ? 本当に、何も起こらないと思います?」

「……松隆は、そんなこと……」

「しないと思います?」


 この、顔だけで女を(たぶら)かしてきた自分が? そう聞こえてきそうなせせら笑いに、ぎゅっと心臓を掴まれた。


「……しない、でしょ」


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