大丈夫、浮気じゃないから。
 それでも、これがただのはったりであるという確信が──信頼があった。松隆は、彼氏がいる女に手を出すようないい加減な男じゃない。私と松隆が、先輩と後輩として築いてきた信頼関係は生半可なものじゃないという自信がある。仮に、今までの松隆の行動がすべてこの瞬間のための布石だったとしても、ここで私に手を出すことに得がない。松隆は、そんな得のないことをするほど馬鹿じゃない。


「こうしてるのだって、ただのはったりでしょ」


 松隆の目が細くなる。なにを言うか考えているのは分かったけれど、その感情までは分からなかった。


「……まあ、これはブラフですが」


 ──分かってはいても、松隆の口から直接聞いた瞬間、ほっと一瞬で安堵(あんど)した自分がいた。


「どっちかいうと言いたかったのは、これが大宮先輩と富野先輩に起こっていないとなぜ思えるんですかってことですね」


 が、そのセリフに安堵は掻き消され、それどころか、対象を変えた焦燥(しょうそう)感が()いてくる。


「だ……、って、茉莉の、性格なら……」


 きっと私は、泣き出しそうな顔をしてしまったのだと思う。


「逆に、何も言えないとは思わないんですか?」


 それでも、松隆が追撃の手を緩める気配はなかった。

 でも、いくら言われたって、そんなはずない。茉莉なら、絶対に拒絶するし、紘だって、拒絶されてまで無理強いする人じゃない。そんなことは分かってる。


「聞くことを変えましょうか」


 言いながら、松隆の手に力が籠った。ドクッと、心臓が再び大きく跳ねる。


「部屋に2人でいて、お互いを異性として全く意識しないと思います?」


 ……そんなこと、言われなくなって分かってる。だから、私は、紘が茉莉と一緒にいるのを見るたびに、その回数を重ねるたびに、不安を募らせた。


「ザイオンス効果、または単純接触効果。知ってます?」


 ……知っている。簡単にいえば、相手に接触する回数に比例して好感度もまた上がるというものだ。つまり、恋愛に引き直せば、好きな相手とは、1回長時間会うよりも、短時間でもいいから複数回会うほうがよいということになる。なお、好感度はある一定の高さまで上がると、それまで通りに比例的に上がり続けるとはいえない、らしい。

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