大丈夫、浮気じゃないから。
 つまり、何度も会ううちに、相手に対する好感度は上がっていく。その中で、互いを異性として意識してしまう状況があったら、どうだろう?

「……やめてよ」

「そうやって目を逸らすから、大宮先輩に何も言えないんでしょ」

「言ったって紘はどうせ──」

「どうせやめてくれない。決定的な浮気でなければいいと思ってるんでしょうね、大宮先輩は」


 言葉尻を拾われて、押し黙った。しかも、その指摘は正しい。


「……紘は、茉莉と付き合いたいのかな」

「さあ、それは僕には分からないことですけど。少なくとも、僕に先輩をとられると思ったら、少しは焦るんじゃないですかね」


 いまは、先輩に甘えきってるから──。

 そう聞こえてきそうな声音を聞いて、ぐっと唇を引き結んだ。後輩の手の中で、自分の手を握りしめる。


「……松隆」

「なんですか」


 口車に乗せられた。自暴自棄になった。八つ当たりをしてやろうと思った。自分の中に沸いた感情はそのどれとも言い難かったけれど、ただ一つの決意だけが固まった。


「……協力して。私にとっての茉莉が、紘にとっての松隆になるように」

「……もちろん」


 手と手が重なり合った、ゼロ距離。後輩は、不敵な笑みで私を見下ろす。


「最初に話したでしょう。何かあったら、力になりますよってね」


 その一言を最後に「映画の続きを見ましょうか」と松隆は私から離れた。名残惜しさなど1ミリもなく手は離れ、まるでなにごともなかったかのように、松隆はリモコンに手を伸ばす。

 私は自分の手を見た。強く掴まれていたせいで白くなっていて、徐々に赤みを取り戻しているところだった。

 頬に触れると、顔はまだ熱かった。胸に触れると、心臓はまだうるさかった。

 でも、それだけだ。私は、松隆を男として見たわけじゃない。あの日、松隆の家に行ったときと同じ、急に男だと意識してしまって、驚いただけだ。その驚きが、男らしさへのときめきと表裏一体だっただけだ。

 だから、大丈夫。私は松隆のことを異性としては見ていないし、これからもそうはならない。松隆も、ただ仲の良い先輩に、遊び半分で協力してくれるだけだ。

 だから、大丈夫。松隆の横顔を見ながら、そう、自分に言い聞かせた。



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