大丈夫、浮気じゃないから。
 土曜日の夕方、ラケットを片付けていると「ゆきはー」と珍しく紘の声が聞こえた。みんながいる前では私に声なんてかけないのに、そう驚きながら振り返ると、紘もラケットを片付けているところで「飯食って帰ろ」と顔だけ向けながら言ってきた。


「……いいけど。どうしたの急に」


 まさか昨日松隆を家にあげたのがバレて早速別れ話──なんて一瞬イヤな予感がしたけれど「なんか久しぶりにハンバーグ食いたくなって」という答えが返ってきたので、ほっと胸を撫で下ろす。ついでに、ハンバーグと言われて、頭には真っ先に農学部グラウンドの裏のお店が浮かんだ。


「分かった、ちょっと待って」

「ん」


 ラケットケースを肩にかけながら、紘と最後に2人でご飯を食べたのっていつだっけ、なんて、ついつい考えてしまう。松隆と仲良すぎるんじゃないのって言われた日以来だから、2週間前か……。LINEはしていたとはいえ、同じ大学のカップルってこんなもんなのかな。少し素っ気ないような気もするけど、サークルで2日に1回は顔を合わせているし、3人以上で話すことはいくらでもあるし、たまたま夕飯を食べるタイミングがなかっただけだ。うんうん、と自分に言い聞かせる。


「お先に失礼しまーす」

「お疲れ様ですー」


 紘と揃って挨拶をすると、振り向いたメンバーの中にいた松隆と目が合った。次いでその口角が意味ありげに吊り上がる。

『浮気じゃない程度に、仲良くやりましょう』

 あのセリフが脳裏に(よみがえ)ってしまい、慌てて顔ごと目を背けた。紘の隣を歩きながら「ご飯食べるの久しぶりじゃない?」「そうか? そうか」と意識を紘に向ける。


「今さあ、木曜にオムニバス形式の授業入ってるんだけど」

「この間言ってた、芸能人とのツーショット写真が1回目の授業だったやつ?」

「そうそれ。最初はなんだこの授業、オッサンの自慢話かよって思ったんだけど、今日の授業は意外と経済の話になってさ──」


 久しぶりに2人で歩く私達の話題は、面白かった授業の小話。


「この間、馬口(まぐち)が同心社の子をデートに誘ったんだって」

「あの馬口が? 同心社なんてそもそも知り合わないだろ」

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