大丈夫、浮気じゃないから。
 雨の日のデートの悪いところは、こういうところだ。なにかにつけてテンションを下げてくる。


「せっかくの休みなのに」

「サークルある日に雨降るよりいいじゃん」


 私は玄関を出ながら溜息を吐くけれど、紘はどちらかというと雨が今日に当たってくれてよかった、なんて口調だ。実際「雨の日の筋トレはだるいからなあ」なんて言っている。

 映画を見る前、隣のコーヒーショップでお昼を食べる頃、天気予報を見ると、雨の降りだす時間が午後2時に変わっていた。ショートフィルムなので、ちょうど映画を見終わる時間帯。なんとも、タイミングの悪い日だ。


「なんか、今日元気なくない?」

「……雨だからテンションが上がらなくて」

「お前は晴れてるからってテンション上がるタイプでもないだろ」

「そういうことじゃなくてさあ」


 そういうことじゃない。紘は何も分かっていない。なんならその返答はどんな文脈でも間違いだ。


「……まあ、八城九シリーズがまた見れると思って元気を蓄える」


 気を取り直すように、勢いよくコーヒーを飲んだ。

 が、肝心の映画を見ても、そのテンションはどうしても上がらなかった。

 私が好きな八城九シリーズと違う……。エンドロールが流れるまで見ても、抱いた感想はそんなものだった。確かに、今回の脚本は忍名竜胆じゃないし、多少違うのは想定の範囲内だった。でも、それにしたって……。


「キャラ造形の深堀って感じだったな」


 ただ、席を立つとき、紘はそんなに不満はなさそうだった。実際、今回のショートフィルムで主人公になった諏訪(すわ)(じん)は、八城九の相棒で、当然そこそこメインを張るキャラクターだったし、ショートフィルムで主人公になるのに申し分はなかった。ただし。


「……忍名竜胆、本当にこれ監修したのかってくらい推理ガバガバだったね」

「あー、それはな。思ったけど、仕方なくね。今回は推理じゃなくて、諏訪が何を考えて医者をやってるかってのがメインだし」

「でも、八城九シリーズの売りってそこじゃなくない? 一応、緻密(ちみつ)な工作がされた本格推理小説じゃん? でも今回の事件は動機とアリバイの有無でごり押しって感じだし」


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