大丈夫、浮気じゃないから。
「……そうだね」
せめて、私だけでも帰ることにしたかったな。
そんな私の落ち込みなどいざしらず、紘は沙那と「なにしてたの?」「映画見てた。八城九シリーズ」「なにそれ?」「お前は知らねーよ」と話し始めた。1人で歩き出した私の隣には、慌てたように茉莉が並ぶ。美しい黒髪ストレートは、雨の日も1本たりとも乱れていない。湿気のせいで数本の縮れ毛が飛び出ている私のくせ毛とは雲泥の差だ。
「生葉ちゃん、ごめんね? せっかくデートしてたのに」
それでもって、例によってこの気遣い。裏があるんじゃないかって思えるくらい性格が良いのに、本当に全く裏がないのだから、私だって恨むに恨めない。
「ううん、全然。どうせ、雨だからこのまま帰ろうかって話してたし」
「うーん、生葉ちゃんは気にしないとは思ったけど、そっか」
「空木はサバサバしてるからなあ」
私達を振り向いた喜多山先輩も頷いた。でも、2人とも間違えている。サバサバしてるなんて言われるけれど、私はそんなんじゃない。周りからサバサバしていると言われておきたいがために、紘にも茉莉にも何も言えずに黙っているだけで、ごく普通の、ありふれた“女子”だ。
「なんの映画見てたの?」
「八城九シリーズ」
「え、私も好き!」
知ってる? と聞く前に、茉莉がぱっとその表情を明るくした。二重の大きな目が輝き、私は人知れず息を呑む。しまった、と。
「忍名竜胆原作のでしょ? いいなー、見たいって思ってたんだけど、ひとりだと河原町まで来るの面倒くさくて」
「え、お前も八城九シリーズ好きだったの?」
後ろを歩いていた紘が、会話に加わる。
「八城九シリーズっていうか、忍名竜胆が好き。デビュー作の『金盞花』ではまちゃって」
「マジか。俺は『ロック・アウト』から」
「ああっ、『ロック・アウト』いいよね! 実は『金盞花』とちょっと話が繋がってるんだよ。っていうか、忍名竜胆って全部そうだけど」
「え、じゃあ『八城九の事件簿』も他作のキャラ出てんのかな。ほかのも漁ってみるか」