大丈夫、浮気じゃないから。
 忍名竜胆を好きだとはいえ、八城九シリーズのほか『ロック・アウト』『ブルー・エンド』『告発』くらいしか読んだことのない私には、加われない話だった。なんなら『ロック・アウト』は紘が好きだというから読んだだけで、忍名竜胆の中ではあまり好きなほうではなかった。


「てか、だったらcase2とcase3、一緒に見に行く?」


 ──ほらね。


「え、それは、私が参加してもいいんですか? case1は生葉ちゃんとのデートだったわけだし、case2とcase3も……」

「デートって言ったって、ただ一緒に映画見るだけだし。な?」


 よかった、私が誘われた、なんて、昨晩の浮かれた喜びはどこへやら。


「うん、いいよ、別に」


 紘に念押しされて、私は頷くことしかできなかった。

 内心で溜息ばかり吐きながら、その後、二時間近く、学祭の衣装と小道具選びに付き合った。このメンバーの中に松隆がいないのは不幸中の幸いというべきか、不幸中のさらなる不幸というべきか。松隆がいれば、松隆と話して少しはストレスが発散できたかもしれないけど、そんなことをすると沙那に何を言われるか分かったもんじゃないし、紘の機嫌も損ねてしまう気がした。


「いいなー、俺も彼女欲しいなあ」


 帰り道、バス停まで歩きながら、喜多山先輩がそう零した。喜多山先輩は高校のときから付き合っていた彼女に2年前にフラれて以来、彼女がいないらしい。


「なんで彼女が欲しいんですか?」

「それは彼氏がいるヤツの(おご)りだぞ」

「いえ、素朴な疑問として」


 紘にとって、私はどのくらいの価値とか必要性があるのだろうか。


「そりゃ、いないよりいるほうがいいだろ」

「それは見栄とかそういう意味です?」

「見栄とは言わないけど。それこそ、大宮は、映画見たいってなったら空木を誘えばいいわけだろ?」


 私じゃなくても茉莉のことを誘えばいいんじゃないですかね、とはさすがに口に出せなかった。


「そういう風に、気軽に一番に誘える相手がいたら便利じゃん」


 紘にとって、私は、気軽に誘える気楽で便利な相手なのだろうか。


「ひとりで見ればいいじゃないですか」

「ひとりはイヤなんだよ、俺は! 寝ててもいいから映画館まで一緒に行ってほしい」

「なんですか、それ」


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