大丈夫、浮気じゃないから。
 紘にとって、私は、一人でいたくないときに呼ぶことができる、もっとも身近な相手に過ぎないのだろうか。

 バス停の前、私の隣に並んだ紘と茉莉の姿を見ながら、だったらやっぱり、私じゃなくてもいいんじゃないか、なんて考える。

(4)

 11月も2週過ぎ、寒さが本格化してきた。サークルに行きさえすれば体は温まるけれど、体が温まるまでが寒くて仕方がない。でもあんまり行かなくても勘が鈍るしな……、なんて自分を叱咤しながらコートへ行く日々。幸いにも、こんな寒い中でも、いつもの仲良し後輩くんは皆勤賞なので、話し相手には困らない。基礎練習とゲーム形式の遊びを終えてコートを片付ける頃には「お疲れ様です」なんて寄ってくる。


「松隆、『八城九シリーズ』って知ってる?」

「なんですか急に。知ってますよ、忍名竜胆原作の推理ものでしょ? あれ、ドラマ化されないかなって期待してたんですけど、アニメ化だったんですよね」

「あ、しかも結構しっかり知ってる。アニメ見た?」

「いえ、見てないです。で、なんですか?」

「いま、映画やってるから、一緒に見に行かないかなって」松隆は一瞬頷きかけたけれど「私と紘と茉莉と」付け加えた瞬間、苦虫を噛み潰した。


「……僕、協力しますとは言いましたけど、地獄の三つ(どもえ)の中に入りたくはないですよ」

「なんてこと言うんだ。っていうか、そう、まさしく、三つ巴なので、松隆が来て空気を柔らかくしてください」


 ちなみに(くだん)の2人は、それぞれ別のコートの端で片付けをしている。松隆は視線をやって紘の位置を確認し「そもそも、僕と大宮先輩の相性が悪い時点で地獄です」とすかさず正直に告げる。


「相性……悪いのかなあ」

「悪いでしょ。先輩とのデートならいつでも待ってますので」

「松隆とただのデートしたら、それは浮気じゃん」

「大宮先輩だって、富野先輩とただのデートするかもしれないでしょ。浮気じゃないけど」

「……松隆、私の味方だよね?」

「そうですよ。こんな協力的な味方、他にいませんよ」


 協力的と好戦的は両立する……のだろうか。思わず考え込んでしまっていると「そういえば津川先輩、彼氏と別れたらしいですよ」と謎の情報が飛び込んできた。


「え、別れたの?」

「らしいですよ。さっき津川先輩が言ってました」


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