大丈夫、浮気じゃないから。
「あの様子なら行くと思いますけどね、大宮先輩。それに、来週は学祭で土日は潰れますから、近々見るなら今週末じゃないですかね」それは確かにと頷けば「映画館、どうせ河原町のでしょ? 土曜日の午後って言ってましたし、土曜の午後に張り込みでもしましょうよ」


 張り込みなんて言われると、まるで探偵みたいだ。でも、言われてみれば、被疑事実は浮気、容疑者は茉莉、絞り込んだ犯行時刻は土曜日の午後、なんて要素はどれもそれっぽい。見る映画が推理ものだというのも、なんだか面白い偶然だ。


「……松隆、実はちょっと楽しんでるでしょ」


 ただし、被害者は私本人。他人事ならもう少し楽しめたかもしれないけど……。

 現に松隆はふふっと楽しそうに笑う。


「まあ、半分くらいは」

「もう半分はなに? 例によって憐れみ?」


 もう分かってるからいいけどさ、と肩を竦めると、松隆はその微笑を深くした。


「まさか。先輩とデートする楽しみですよ」


 不覚にも、その笑みとセリフに硬直してしまった。また馬鹿にされると思っていたのに予想外だった。いや、それ以上に、松隆の口からそんな口説き文句というか──いや口説き文句とまでは言わないけど──冗談にしたって、今までそんなこと言わなかったくせに。


「……なに冗談言ってんの」

「本当に楽しみにしてるんですけどね。じゃ、土曜日のお昼に会いましょう」


 (とが)めるような私の声をいつもの調子で(かわ)し、松隆はひらひらと手を振って去っていった。後輩とは思えない態度だ。

 それにしたって──。あの魅惑的な笑みに、一体何人の女子が騙されてきたのだろう。やっぱりイケメンは警戒するに限る。胸に手を当てながら、一人で頷いた。





 そして迎えた、問題の土曜日。大学付近だと誰かに見られてしまうので「映画館で!」と現地集合にしたら、代わりに背徳感を覚えた。待ち合わせ場所へ行くと、松隆は売店横のストアで映画客に紛れ込んでいた。挨拶代わりに背中のボディバッグを引っ張ると驚いた顔で振り向かれる。


「なんだ先輩ですか」

「なんだとはなんだ。先輩に向かって失礼」

「普通に声かけてくださいよ、びっくりしたじゃないですか」


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