大丈夫、浮気じゃないから。
 松隆が見ていたのは『螺鈿(らでん)の悪意』のパンフレットだ。主演刑事の流川亮平が鋭い顔つきで走る姿の裏に、被害者・海山陸役の(たて)(わき)(そう)()と容疑者・(やなぎ)(とおる)の顔と、その他刑事の立ち姿が写されていた。


「もしかして普通に見たいの?」


 映画を見るのは、紘と茉莉が一緒に映画を見るならという条件付きなのに。


「当たり前じゃないですか。なんで見たくもない映画を提案しないといけないんです」

「あーえっと、そっちじゃなくて。紘と茉莉が映画を見るって決まってるみたいだなって」

「決まってると思いますけどね。大宮先輩にそこまでのデリカシーがあるとは思えませんし」


 デリカシー……。浮気と断定できないいま、言われてみればその表現がしっくり当てはまるような気もした。「彼女がいやがるなら他の女子と2人で出かけない」のは、浮気なんて大仰(おおぎょう)なことではなく、単なるデリカシーの問題だと言われてしまえばそんなものかもしれない。そうなると、やはり私が紘を責めるのは筋違いというか……。


「13時10分でしたっけ、大宮先輩達の目当ての映画」

「え、あ、うん」


 隠れてないと見つかりますよなんて茶化されて、慌てて松隆の隣、シアターの出入り口から見て奥側に立った。松隆の身長があれば、私を隠すのは容易だろう。


「大宮先輩ってパンフレットとか見る人です?」

「全然見ない人。欲しいグッズはネットで買う派」

「富野先輩は?」

「知らないよそんなの……。でも茉莉が映画好きって話は聞いたことないし、多分大丈夫じゃないかな」


 なんて、私達は紘と茉莉がやってくると決め込んで話しているけれど、本当に来るのだろうか。


「ていうか、パンフレットなんて、今時買う人いるんだね」


 今時は、パンフレットに代わるウェブページがある。そんなことを言ったら風情がないかもしれないけれど、劣化しやすくてかさばりがちな紙を買うよりも、ウェブページを見るほうが楽だ。パンフレットにしか書いていないことはあるかもしれないけれど、大抵の人にとって、そこまでの情報は要らないだろう。


「まあ、一定程度いるんじゃないですか」

「あ、松隆が買うタイプってわけじゃないのね」

「ええ。いちいちパンフレットは買わないです」

< 72 / 153 >

この作品をシェア

pagetop