大丈夫、浮気じゃないから。
「でも映画好きなんでしょ。ストリーミングのやつとか、入ってるの?」

「入ってますよ。休日はだらだら見てますからね」


 松隆ほどダラダラとかゴロゴロが似合わない人種もいないだろう。それどころか、ソファに座って紅茶片手にお行儀よく映画を見ているイメージが湧いた。


「『螺鈿の悪意』とかもいつかは配信されるんじゃないの? なんで映画館で見るの?」

「最近集中力がなくて、家で見てるとつい他のことしちゃうんですよね」

「あー、分かるかも。金ローとか、気付いたらスマホで漫画読んでる」

「見たことある映画だとなおさらそうなりますよね。あとはほら、スクリーンにはスクリーンの良さがあるじゃないですか」

「そう? 音響とか?」

「まあ典型ですね。ミュージカル映画とか、家で見てもあんまりって感じですし」

「ミュージカル映画なんて見るの?」

「基本は苦手ですけど、大衆ウケしてるのは見ます。そもそも、僕は別に映画つう(・・)ってわけじゃなくて、暇潰しによくやってることが映画ってだけですから」

「ふーん。じゃあさ──」

「先輩、お喋りはいいですけど」クスッと松隆はいたずらっぽく笑い「僕らが何しにきたか、忘れてません?」


 はっと我に返って出入口を見ると「今のところ来てませんよ」と松隆はちゃんと見張っていたことを教えてくれる。


「あぶな……本来の目的、忘れてた」

「本来の目的? 僕とのデートでは?」

「なにふざけたこと言ってんの」

「なんだ、いつもと髪型が違うので、てっきりそうかと」


 普段、授業を受けるにもテニスをするにも、長い髪は邪魔なのでポニーテールにしていた。言われてみれば、松隆の前で髪を下ろしているのなんて、夏合宿以来かもしれない。


「映画を見るときって椅子にもたれるでしょ。後頭部で結んでると邪魔なの」

「そこは嘘でもデートだから髪を下ろしたって言うところですよ」

「なんで松隆にデート指導をされないといけないのかな」

「大宮先輩と富野先輩が現れないってなっても、ここまで来てたらなにか見て帰ることにはなるでしょ」

「……それは確かにそんな気がする」

「なに納得してるんですか」呆れ声で「先輩は大宮先輩のことをちょろいって言いましたけど、先輩も結構ちょろいですよ」


 ちょろい? 紘のことをちょろいなんて言ったっけ。


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