大丈夫、浮気じゃないから。
「なにそれどういう意味──」

「あ、来ましたね」


 慌てて視線をやれば、入口から紘と茉莉が入って来るのが見えた。私は「うわっ」なんて(うめ)きながら慌てて松隆の体に隠れるように身を縮こませる。


「『本当に来やがった』感がすごくて意外とショックを受けれない」

「先輩も意外と楽しんでますね」


 松隆ほどじゃない。楽しそうな声を聞いてそう思った。


「紘のあのパーカー、この間、武田と買いに行ったばっかりのお気に入りのやつだ」

「富野先輩はいつも通りですけどね。ジーパンに、あの小さいバッグ」

「この間すれ違ったときもあのバッグだったなあ。お出かけ用なのかまでは分からないな」

「大宮先輩ってクラッチバッグとか持つんですね」

「帰省したときに買ってた。はいはい、あれもお気に入りです」


 苦虫を噛み潰す私の隣で、松隆がくすっと笑った気配がした。なんだこいつ。


「なんで笑うの」

「想像より元気だなと思いまして」

「ここまで来たら自棄(やけ)だよ。松隆も私と一緒に映画みて遊んで帰ろ」


 セリフのとおり自棄になって、松隆の影からじっと2人の様子をうかがう。カップルの距離とまではいかないけれど、まあ、何も知らない人が見ればカップルだと思うだろう。そのくらい仲の良さが伝わってくる。

 なんなら、紘の隣はカジュアルな服装の茉莉のほうがお似合いかもしれない。ロングスカートと二ットという自分の服装を見下ろしてそんなことを考えて、地団駄(じだんだ)でも踏みたい気分だった。


「券売機に並んでる……」

「カップルシートを選んでたら笑えますね」

「笑えないでしょ。さすがに出て行ってすぐ別れる」

「普段ぐちぐちとノンアルでくだを巻いてる人のセリフとは思えませんね」

「なにか言った?」

「いえ何も」

「待って、こっちに来る! ちょっと、私は隠れるから見といて!」


 サッと顔を引っ込めると、代わりに松隆が2人の様子を見て「ポップコーンか何か買うんじゃないですか? 売店に並んでます」と教えてくれた。売店はストアの真横なので「えー、何にしよ」という茉莉の声が聞こえてきて顔が引きつった。そのまま「つかショートフィルムだから食いきれなさそう」と紘の声が聞こえてくる。


「シェアすればいいじゃん、この小さいほう」

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