大丈夫、浮気じゃないから。
「あー、まあそれでもいいけど」


 ……カップルでもないのに同じカップからポップコーンを食べるというのか。唖然として松隆の顔を見ると肩を竦めて返された。多分「今更でしょ、あの距離感」と思っている。


「つか富野、腹減ってんの? さっき食ったばっかじゃん」

「ポップコーンは別腹ですよ、大宮くん」


 ……お昼を食べてきただと? しかも口振りからして一緒に食べたはずだ。困惑しきった私に、松隆は軽く溜息を吐いた。その後、2人は結局ポップコーンだけ買って売店を去った。


「……先輩、どうします?」

「……松隆、今日一日暇?」

「……まあ暇ですけど」

「……とりあえず映画は見るけど、夜まで付き合って」

「……まあいいですけど」


 私と紘のどちらか、またはどちらにも呆れかえった様子の松隆は、片手に持ったスマホで出口を指した。


「『螺鈿の悪意』の上映まで30分くらいありますし、とりあえず外に出てコーヒーでも飲みましょうか」


 現在時刻は13時ジャスト。紘と茉莉が見る『劇場版・八城九の事件簿case2』が始まるのは13時10分、終わるのは14時20分。私達の目当ての『螺鈿の悪意』が始まるのは13時40分。時間は充分にあるし、『螺鈿の悪意』を見にここへ戻ってきても紘達とは遭遇しない。


「……いいけど、私はやけ酒が飲みたい」

「馬鹿言ってないで、大人しくカフェラテでも飲んでてください」

「松隆は本当に私のことを敬ったほうがいいと思う」


 ああ、でも、やっぱり松隆の提案に乗ってよかった。もし今日、家に一人だったら、紘と茉莉が結局一緒に出掛けたのかどうかも分からず、ただどんよりと膝を抱えて部屋の隅でじっとするしかなかっただろう。

 自棄と苛立ちと、ほんの少しの安堵。複雑な気持を抱え、紘と茉莉が消えたシアターに背を向けた。

 コーヒーを飲んだ後、松隆と一緒にチケットを買うのに、罪悪感も背徳感もなかった。紘のことは、どうでもいいというと言い過ぎかもしれないけれど、頭の片隅の片隅に追いやられてしまっていた。実際、目の前の悩みは紘ではなくポップコーンを買うかどうかくらいだ。


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