大丈夫、浮気じゃないから。
 スクリーンに映っているのは洋画で、ブルーカラーの白人が働いている様子に「ヴァイオリンだって?」「ドレミの歌くらいしか知らないよ、俺は」とセリフがかぶる。その白人とは打って変わってきれいな身形をした黒人がその白人に対して「知っているか知らないかなんて、大した問題じゃないとも。君が聴くかどうかさ」となごやかに微笑む。シーンが変わって、黒人ヴァイオリニストの演奏会ツアーと、その演奏に感激する白人の姿が対比される。

 メインキャストの白人は荒くれもの、アートのAも知らない無粋な男。もう一人のメインキャストの黒人は裕福なヴァイオリニスト。音楽を通じて、ちぐはぐな2人が友情を育てていく話らしかった。


「へーえ、面白そう……」

「でしょ? こういうのを見ると、次はこれを見に来るかと思っちゃうんですよね」


 そのCMの終わりには『2019年1月 全国ロードショー』と流れた。確かに、映画好きならこれで再来月の予定は決まりだ。


「絵にかいたような上客だね」

「ええ、まんまと戦略にはまってます」


 なんなら、今日は私という新規顧客まで獲得してきたのだから、映画館としては松隆様様だろう。

 そうこうするうちに、シアター内が暗くなり『螺鈿の悪意』が始まった。

 暗い雨の日のシーン。マンションの外観、玄関、部屋とどんどんクローズアップされていって、やがて荒らされた部屋と、ナイフで刺された男性が映る。被害者役の館脇宗太だった。

 場面は一転して、よく見る警察署の会議室が映り「殺害された男性は三山(みやま)陸人(りくと)、38歳。職業は小説家、ペンネームは海山陸です」と報告がされ「知ってる、『()罪人(つみびと)』の作者だろ」「ベストセラー作家か、マスコミがまたうるさいだろうなあ」とざわつく。その中に主演刑事役の()(かわ)(りょう)(へい)がいた。

 容疑者として真っ先に浮上したのは、作家の黒木なつめ。参考人として取調べを受けながら悲痛な面持ちで「高校生のときから、誰よりも才能があった。同じ作家を目指す者として長年切磋琢磨してきた」「彼を殺した犯人を捕まえてくれ」と泣く。

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