大丈夫、浮気じゃないから。
 もちろん、予定調和的に犯人は黒木なつめ。動機は至極単純に「才能への嫉妬」。それなのに犯行計画は十数年かけて緻密(ちみつ)に寝られていて、その底知れぬ悪意に流川亮平たち刑事は震撼(しんかん)する。

 最後、黒木なつめは逮捕されながら「最高傑作は書けなかったな」とだけ呟き、以後の取調べでは完全黙秘を貫き、裁判では「海山陸のゴーストライターをしていました。原稿料を巡って口論になり、カッとなって刺してしまいました」と主張。傍聴席にいた非番の流川亮平が目を見開いたところで、物語は幕を閉じた。

 作中を通じて容疑者の悪意を覗き続ける、なんとも重苦しい映画だった。そのせいか、エンドロールまで終えた後の館内には、独特の空気感が漂っていた。その空気に当てられたのか、なんとなく私の体も気怠(けだる)い。


「疲れてますね」


 そういう自分だってちょっと疲れた顔をしているくせに、松隆は余裕なふりをする。


「つか……れるでしょ、こんな重い話を2時間半見たら!」

「僕は面白かったですけど、面白くなかったです?」

「面白いは面白いけど!」


 なんなら、曲りなりにも推理小説好きなので、松隆よりも私に響くべき映画かもしれないし、響いているのかもしれない。とはいえ、身体的な疲労感はいかんともしがたい。思わず背伸びをした。


「疲れちゃったし、紘と茉莉も楽しくやってるし、私と松隆も楽しくやろ。手始めにケーキ食べにいこ」

「ですね」

「あ、ちゃんと面白かったよ」


 勧めてくれてありがとうという気持ちを込めて話しながら外に出た。今日の天気は爽やかな秋晴れ。紘とのデートは雨で、私と松隆、紘と茉莉のデートは快晴だなんて、お天道様まで皮肉が上手だ。


「あまりにも単純明快な動機と、あまりにも底の知れない悪意。人間、嫉妬だけであんなに残酷になれるんだなって思うよね」

「同感ですね。しかも最後のセリフで、ダメ押しとばかりに被害者の顔に泥を塗る」

「そうそう、自分は実はゴーストライターでしたってヤツね! ゴーストライターなんて絶対他言しないんだから、担当編集も誰も知らなくてもおかしくない、知ってるのは死んだ被害者だけ」

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