大丈夫、浮気じゃないから。
「死人に口なしをいいことにゴーストライターってことにしたってわけですからね。才能への嫉妬を理由にかつての同級生のベストセラー作家を殺害しておきながら、ベストセラー作家の才能に取って代わろうとする。その計画を十数年かけて練っていたなんて、まさしく螺鈿(らでん)のごとき悪意ですよね」


 揃って饒舌に語りながら(しばら)くぷらぷらと外を歩き「あ、ごめんめちゃくちゃ適当に歩いてた。どっか行きたいとこある?」「あるんですけど、少し離れてるんですよ。ほらここ、八坂神社より奥」「え、全然いけるでしょ」「人気店なんで、この時間だと入れるかどうか。観光客多い時期ですし」結局近場の適当なカフェに落ち着く。座るとき、松隆はソファ席を譲ってくれた。


「わー、できる後輩だ」

「良識のある男ならすると思いますよ」

「……確かに紘はする」

「するからといって良識があるとは限りません。分かります?」

「分かるから言わないでよ」


 メニューを見ながら「私あんみつ!」「可愛らしいもの頼みますね」「いいんだよ、松隆だって抹茶パフェとか頼んで」「いえ僕はシフォンケーキです」「えー、結局女子力高い」なんて、まるでカップルみたいだ。もし紘が茉莉と似たような会話をしていたら……、ゾッとする。


「先輩、意外と元気かと思いましたけど、意外と元気ないですね」


 先に運ばれてきたホットコーヒーを飲みながら、松隆のくせに気遣う素振りを見せる。


「……いや、意外と元気だよ」


 嘘ではない。紘と茉莉が2人で出てくれば、もっとショックを受けると予想していたのに、意外とショックは受けてない。ああ、やっぱりな、とどこか諦めに似た感情のほうが強かったせいだろうか、それとも。


「映画見る前に松隆が言ってたみたいに、浮気というか、ただのデリカシーの問題だって割り切れたのかな……」

「いや、僕は彼女がいて他の女とデートする男の神経は理解できませんし、デリカシーで片付けるのはやっぱり甘いと思いますが」

「せっかく心が()いだのに、なんで荒波をぶつけるの! ……いいよ、私もこうやって松隆と楽しくやってるし。ていうかそうだね、松隆がいるからあんまり(へこ)んでないっていうほうが正しいかも」


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