大丈夫、浮気じゃないから。
 ……この間の4月の話だ。この話をしたとき、松隆はドン引きしていたし「別れました? え? まだ?」と心底不思議そうに聞いてきた。


「そうそう聞かないクズエピソードですよ」

「……松隆、君はお酒で間違いを犯さないように」

「この顔で『飲めないんです』って困った感じで言えば免除されますから」

「この腹黒王子……」

「あるもの使って何が悪いんですか」


 この性格がサークルではバレていないのだから恐ろしい。男を見抜く目に長けた沙那でさえ「松隆くんは顔だけじゃなくて性格も良いよね。ちょっと毒舌なところが逆に胡散臭(うさんくさ)くなくていい」程度に評する始末だ。

 そんな外面良し男くんは「ていうか誤魔化さないでくれません? 結構なクズエピソードですよ、それは」と繰り返す。確かに仲の良い友達の誕生日パーティーを彼氏による「介抱してくれ」という一本の電話で抜ける羽目になったことは恨んだ。


「……でもギャンブル好きでもないし、アル中でもないし、DV男でもないし、決定的な浮気はしてないし」

「いま先輩がしてるの何の話ですか? 人間と猿の区別基準?」

「ギャンブル好きとアル中とDV男と浮気男を迷わず猿呼ばわりする君はイケメンだ! 君は腹黒いけど性格はイケメンだ!」

「ギャンブル好きでなく、アル中でなく、DV男でなく、決定的な浮気をせず、なら文句など言ってはいけないと思ってる先輩、やはり安定の鴨、ご愁傷様です」

「松隆なんてデートの日に眉間にニキビでもできればいいんだ」

「できないんですよね、ニキビ」

「顔面が良い男は肌にまで恵まれてるなんて、世の中は不公平だ」


 つるつるもちもちの松隆の肌を睨みつけながら、大して飲めもしないカクテルをあおった。

 それから暫く、だらだらとサークルの話やら授業の話やらをして、気付けば時刻は22時を回っていた。


「松隆、まだ何か食べる」

「僕は別に」

「そう。すみませーん、カシオレひとつー」

「えぇ……」


 松隆の片手にあるのは、最初から今まで可愛らしいノンアルカクテル。立場が男女逆だ。


「先輩、さっき一杯飲んだでしょ。やめましょうよ」

「飲まずにやってられるか」

「そのセリフ、いつか言ってみたいって言ってましたもんね」


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