大丈夫、浮気じゃないから。
 こともなげに顔色一つ変えずに言うけれど、言葉は鋭利(えいり)だ。そのせいで、なんだか松隆に「恋愛対象じゃありません」と宣言されているような気がした。だからどうというわけでもないし、私だって後輩のことを恋愛対象に見たりしないんだから、いいんだけど。それでもそんな強い言い方をされると引っかかるものがある。……まあ、いいんだけど。


「たぶん喜多山先輩たちがお祝いしてくれるだろうけど、会ったらケーキくらい買ってあげるよ」


 別に、松隆にそういう目で見られなくていいし、なんならそのほうが安心するけど。

 なんか釈然としない。そんな気持ちであんみつを頬張った。

 その後、だらだらとお喋りを続け、気付けば2時間近くお店に居座っていた。迷惑な客だった。


「……いい加減に帰るか」

「このまま夕飯でも食べます?」

「食べたいところだけど、今日はだいぶ遊んだので帰ります」


 言いながら、話したとおり松隆のシフォンケーキ代を出そうとしたら先に出された。


「付き合わせたんだからいいのに」

「僕が悪い後輩だったら骨の(ずい)まで(しぼ)り取られてますよ」

「コワ。安心して、松隆は悪友ならぬ悪い後輩だから」


 だって、こうして私と浮気まがいのデートをしている共犯者だ。

 そうだ、私達は共犯者なのだ。刑罰を課せられることはなくても、立派な共犯者。


「週明け、紘に映画どうだったか聞いてみようかなあ」

「悪い彼女ですね。見に行かなかったって言われたらどうするんです」

「そういうことね、ってすっぱり諦めるよ」

「なにを?」


 思わず口をついてでたとはいえ、何を諦めるつもりなのか、自分でも分からずに少し戸惑った。


「……紘の浮気を?」

「諦めてどうするんです。そのまま泳がせておくんですか?」

「……別れないのかってこと?」


 松隆は無言だった。それ以上、背中を押す義理はないとでもいいたげだ。

 でも、確かに、私は紘の浮気を突き止めてどうしたいのだろう。責めて、喚きたてて、(なじ)りたいのだろうか。言われてみれば、私は何をしたいのかなんて、考えたことがなかった。


「……さあ、どうなんだろう。でも、少なくとも、私は誰かと別れたことがないから。別れるなんて決断は、できないのかもしれない」


 松隆はやっぱり、背中を押してはくれなかった。
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