大丈夫、浮気じゃないから。
 憤慨(ふんがい)するふりをするけれど、先輩達からのこういう扱いには慣れていた。自分の顔は中の上か、頑張れば上の下くらいだとは思っているのだけれど、先輩方からすれば、それは「後輩として可愛がるのにちょうどいい」に過ぎない。「女性として可愛い」となると、みどりと茉莉がうちのサークルでは随一(ずいいち)だ。


「烏間先輩も、下手に後輩推すと面倒くさいから私にしてるだけでしょ」

「そういう物分かりのよさがある空木を推してるんだよ」

「はいはい」

「でも松隆は空木推しなんだもんな」


 触れずにおこうと思ったのに、烏間先輩はまた蒸し返す。松隆くんはお行儀よくウーロン茶を飲んでいたけれど、喜多山先輩の「なんで? Sっぽいから?」というとんでもない発言にしかめっ面になる。


「違いますよ。空木先輩、新歓のときに津川先輩から助けてくれたんで。いい先輩だなと思いまして」

「え、なにかしたっけ、私」


 新歓のときの松隆くんと沙那なんて、手を重ね重ねられの未遂事件以外に記憶はないけれど……。


「2次会の帰り、津川先輩が酔っ払って僕の肩で寝ようとしてたときに助けてくれたでしょ」


 ……そんなことあったっけ。確かに、2次会は沙那が松隆くんの隣の席をキープしていたので、終盤も沙那が松隆くんの隣にいた可能性は高い。ただ、特別何かをしたかと言われると……。


「津川先輩が僕に寄り掛かろうとした絶妙なタイミングで『帰り道分かる? 駅までまとめて送るから来なよ』と男前に声をかけてくださいまして」

「あー、うん、そのセリフにはすごく覚えがある」


 確かに、残っている1回生に順々にそう声をかけていた。ただ、松隆くんにまで声をかけたかどうかは覚えていない。でも覚えのあるセリフを松隆くんが再現できるということは、松隆くんにも声をかけたのだろう。


「コイツ、本当に津川のこと苦手で」烏間先輩は腹を抱えて笑い出しそうな様子で「『津川先輩の時間割聞きだしてくれません?』とか言ってきたの」


 どういうことだ……? と私と喜多山先輩が首を傾げると「『津川先輩がコートに来る日には極力来ないようにするんで』って」と説明されて笑ってしまった。


「へーえ。早速津川に食われようとしてんのか、松隆」

「食われようとしてません」

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