大丈夫、浮気じゃないから。
 沙那のことを全力で避けるくらいには八方美人ではないらしいし、気を遣ってくれるし、全力で警戒する必要はないのかもしれない……とその日の帰りに思った。

 烏間先輩と松隆くんの仲が良いというのもあって、そこからなんとなく、松隆くんと話すことが多くなった。具体的なきっかけなんて覚えていないけれど、気付けば「松隆くん」なんて他人行儀な呼び方はしなくなっていたし、松隆にも「生葉先輩」と名前で呼ばれるようになっていた。

 夏合宿で、宿泊先の宴会場で、各人が好き勝手に仲のいい者同士でまとまっていたとき。紘は、茉莉、沙那、武田の4人で輪を作るようにして喋っていた。それを横目で見つつ、私は、6月のたこぱのメンバーで固まっていた。


「え、富野って春日井に住んでたの?」


 驚いた紘の声が聞こえてきて振り向いたとき、紘と茉莉は互いに「そう、それ!」とでも聞こえてきそうな様子で「チャリンコで10分とか?」「絶妙に校区の境界だったのかあ」と話していた。

 予想はつくけれど、何の話だろう──ほんの少しの嫌な予感に、すっかり気を取られていて。


「そういや、大宮って富野派だよなあ」


 ハッと喜多山先輩を振り向くと、烏間先輩が「余計なことを……」と言いたげな目で喜多山先輩を見ている。喜多山先輩は「え、俺なんかマズイこと言った?」と山科と烏間先輩に交互に目配せするが、山科は肩を竦めた。

 烏間先輩は、茉莉派かみどり派かという話を、「空木派」と言うことによって(かわ)した。彼女がいる手前、下手に後輩女子のランク付けをするわけにはいかなかったから。そして「空木派」は無所属と同義だった。

『彼氏にとっては彼女が一番可愛いもんだよ』

 紘は黒髪が好きだと言った。もともと染めるつもりはなかったから、黒髪のままでいた。

 紘は一重の目が可愛いと言った。二重の目は勝ち組だとばかり思っていたので、それを聞いて少し残念だった。

 紘は背の低い子が可愛いと言った。160センチは、決して低くはないけれど、紘と15センチ差があったからセーフだった。

 紘は、いわゆるスマートな体型は好きではなくて、中肉(ちゅうにく)中背(ちゅうぜい)くらいが好きだと言った。私は中肉中背だし、幸か不幸か胸も大きめだし、紘の好みだと安心した。

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