大丈夫、浮気じゃないから。
「そんな理由で選びます?」


 起きたときの予想に違わず、今日は昨日よりも少し寒かった。冬を目前に控えているだけある。夕方まで同じ格好で歩くことを考えれば、体を覆う布が多いのは大事なことだ。

 それに、メイド服は、いわゆる萌え系のメイド服ではなくてヴィクトリアン、19世紀ヨーロッパの屋敷にいそうなメイドの服だ。私が着ても自意識過剰にはならないという意味では無難だった。

 ……本当は、紘に見られたときに一番可愛いものがいいとも思っていた。でも、紘がいるのは明日だ。午後からサッカーのシフトはないと話していたけれど、だからといってわざわざTKCの屋台に顔を覗かせるかは分からない。それなら、今日に気合を入れて衣装を選ぶ必要はなかった。

 メイド服に決めて、着替えるべくトイレへ行く道すがら、スマホを確認すると、紘から「おっけー、んじゃ明日。俺は経済の連中とぶらつく」と返事がきていた。……十中八九、茉莉もいる。あんまり出くわしたくないな……と思いながらスマホをカバンに片付ける。

 ヴィクトリアンのメイド服はいたってシンプルな作りで、黒いワンピースに白いエプロンをつけるだけだった。といっても、レースの荒さからコスプレ衣装としての安さは分かってしまうような……なんて考えながら控室に戻ると、1回生の女子達が「生葉先輩かわいいー!」「先輩写真撮りましょ!」と寄ってきてくれて、それにデレデレしながら何枚か写真を撮った。撮影係は松隆だ。撮影係の美貌がすさまじすぎて、無駄遣い感がすごかった。


「松隆くんも生葉先輩と写真撮ってあげるよ」

「え、松隆の横はイヤなんだけど」

「傷つきますよ、そんなこと言われたら」


 松隆は問答無用で、私の背後の机に腰かける。松隆の目線よりも私の目線が高くて、新鮮な位置関係だった。


「先輩、髪はまとめないんですか」

「んー、この飾り、つけようとしたんだけど、上手くできなかったから」

「やりましょうか?」


 手に持っているヘッドドレスを見せると、頼む前に松隆がそれを受け取った。拍子に松隆の指が手袋越しに掌を掠めて……、ほんの少し、ドキリとした。


「髪のゴムとヘアピン、あります?」

「ある……」

「あー、手袋あるとやりにくいんですよね」


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