大丈夫、浮気じゃないから。
「おー、空木、来たな」


 ぐちゃぐちゃの思考は北大路先輩の声に遮られた。北大路先輩も、着替える前の私と同じサークルのスエットとティシャツ姿で、片手にタピオカジュースを持っていた。売上に貢献してきたらしい。


「メイドか、ちょうどいいじゃん、松隆と売り上げて来いよ」

「……松隆とですか」


 今ほど松隆と一緒にいたくないときはない。渋ると「傷つくって言ってるでしょ、そんなこと言われると」と横で笑われた。人の気も知らないで、この後輩はこうしていつも自分だけ余裕|綽々(しゃくしゃく)なのだ。


「……死ぬほどイケメンなコスプレをしてる松隆の隣を歩きたくないからだよ」

「あ、つか俺も行くわ。市場調査したい」


 北大路先輩がそう言いながらゴソゴソとナスを被った。ナスの真ん中に顔があり、手足が生えている……。その様子に笑う1回生達に混ざって無理矢理笑ったお陰で、なんとかその場を誤魔化した。

 それでも、その場限りだ。北大路先輩も含めた3人で売り子をしながらも、脳裏にはことあるごとにさっきの光景が(よみがえ)ってしまった。


「先輩、さっきからずっと笑顔が貼りついてますよ」

「ほら笑えよ空木、俺を見て」

「……北大路先輩のコスプレは出オチですね」

「お前本当に先輩のことナメてるよな」


 メイドと軍人、そしてナス。そんななんとも奇怪なトリオでのチケット販売は好調だった。前から見れば松隆の顔につられるし、後ろから見れば北大路先輩の巨大なナスにつられる。女子は松隆、男子は北大路先輩と私という役割分担が出来上がっていた。

 ……北大路先輩には生意気な悪態を吐いたけれど、正直、先輩がいてくれて助かった。髪を結ばれたときを思い出してしまって気まずいというのもあるけれど、売り子とはいえ、松隆と2人でコスプレをして歩くのは、まるで着飾って学祭を楽しんでいるかのように思えて気が引けたから。

 そもそも、紘と茉莉とが映画館に行ったのを見たあの日以来、松隆との物理的な距離が妙に気になる。別にボディタッチが増えたわけではないし、妙に近いわけでもないし、なんなら客観的に見ていると松隆自身はいつも通りな気がした。ただ、きっと、今までの松隆なら、私の髪を結ぶようなことはしなかったはず……。気のせいだろうか。


「そういや、今日はみどりちゃんは? いないの?」

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