大丈夫、浮気じゃないから。
「んー? んー、いや特定の女子に絞らないだけだよ。みどりちゃんと付き合えるなら1人に絞るのもやぶさかではない」

「……それが浮気では?」


 あまりにも不可解な発言だったので、上から目線の条件にツッコミは入れ忘れた。でも北大路先輩は首を傾げるだけだ。


「まあ……定義によっては浮気なのかもしれない」

「定義によってはって……」

「空木は、浮気って言うことによって何を言いたいの?」


 ──予想の(はる)か彼方に外れたところからの指摘に、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。

 何を言いたいの、って。


「何って……」

「いや、全然、空木の恋愛観に口を出すつもりはないけど」北大路先輩はただ不思議そうに「浮気っていうことによって、たぶん弾劾(だんがい)したいんだろ? でもそれって、何に対する弾劾なの」


 浮気だと指摘することで、浮気を定義づけることで、一体なにをしたいのか、なにを弾劾したいのか──。その奇妙な問いかけに呆然としてしまって、何も答えることができなかった。


「え……それは、もちろん……」

「別に、浮気を定義づける必要なんてないじゃん。たとえば俺に彼女がいて、俺が別の女の子と寝てたとして、それが浮気かどうかなんてどうでもいいじゃん。もし彼女がイヤなら“イヤ”で言えば済む話じゃん。それを“浮気だ”ってあえて言う必要はないわけじゃん?」

 ぽかんと開いた口が塞がらなかった。何か反論したかったけれど、反論が思いつかなかった。いや、正確にいえば反論はあった。どうでもよくなんかない、だってただの“イヤ”だと我儘扱いされるから、でも“浮気”は世間一般的に悪いことだから、浮気をしたのなら責めていいから。──そんなことを口に出したかったけれど、出てこなかった。


「まー、そういう感じだから。今日は頑張って売り上げてくれよ」


 ナスをかぶったまま親指を立てて、北大路先輩は「んじゃ市場調査してくる」とよく分からない理由と共にいなくなってしまった。


「すみません、先輩、お釣りください」


 立ち尽くしている私の横から手が伸びてきて我に返った。何も考えずに言われた通りに売上金箱を開けると、白い手袋をした手が素早く小銭を選び取る。


「えー、絶対ですよお。絶対、明日もいてくださいよお」


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