白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
そういえば今日は心の声が聞こえなくなったような?
思わずブレスレットに視線を向けると青々とした宝石が紺色に濁っている。もしかして使用回数あるいは時間制限があるのかしら?
「フランカ。一緒に食べるのは……駄目だろうか?」
「う……。その言い方は狡いですわ。……でも竜人の御作法はよく分かりませんから、お手柔らかにお願いします」
「では!」
「はい。食べさせ合いっこに挑戦致しますわ」
ドミニク様は感極まったのかぎゅうぎゅうに抱きしめるし、ロータスを含む使用人たちは涙ぐんでいる。屋敷内が温かみのある空気に包まれて、いつもより部屋の中が明るく感じられた。
少し前までは、こんな風に思うことなんてなかったのに……。
食事はいつものコース料理とは違って、一口サイズで食べやすく切り分けられている。最初はステック状の野菜で手で掴んで、食べさせてほしいとハードルの高いお願いだった。
スプーンやフォークではなく手!
フルーツならなくはないけれど……。
「はい、どうぞ」
「ん…………、幸せな味がする」
照れ照れで可愛い。ちょっと頬が赤いのがポイント高いわ。ぐぬぬ、狡いわ!
尻尾も揺れて機嫌もいいし、いっぱい食べるわね。コンソメスープはゼリー状の物で口の中で溶ける食感は新鮮だったわ。なにより食べやすい! そしてとても美味しい。
鮮魚の白ワイン蒸しは、風味がとても良くて口の中で蕩けるし、ほろほろとして食感も良い。
「んん、ドミニク様。このお魚、とっても美味しいですわ」
「私にも食べさせてくれ」
全メニューを食べさせ合う感じかしら。そんな感じでデザートまで甘々な空気だったけれど、空気が変わったのは、食後のお茶を飲もうと少し席を移動した時だった。
「ああ、奥様と旦那様が仲むつまじく……。今日はなんと素晴らしい日なのでしょう」
「そうだな。……フランカとこうして話し合うことができてよかった。それに呪いの数も減り、一見バラバラに見えた小さな出来事にも意味があったこともわかった」
和やかかつ一件落着──みたいな雰囲気になっているが、ドミニク様は自分から離縁の件について触れない。それがなんだか悲しかった。
結局、なし崩しにして自分の都合を押し付けるのかと、そう思ったら少し悲しくて、途端にムカムカと腹が立ってきたのだ。
「ドミニク様のご事情はわかりました──が、昨日も述べたように私がパティシエールになることを旦那様が承諾しないなら、私は離縁を希望しますわ」
「!?」
ドミニク様は固まり、ロータスの涙は引っ込んだ。
「……ふ、フランカ」
「私にとってその一点は妥協できませんもの。でもこれは私の我が儘で、貴族らしい考えでも、公爵夫人としての振る舞いとしても失格なのは分かっていますわ。それでも……私は自分の夢を捨てられません」
「フランカ。……君の望みなら何でも叶えたい。でも……竜人は番となる伴侶が見知らぬ誰かと話しているだけでも殺意が沸くというのに、何処の誰とも知らない男に伴侶の菓子を提供するなど……。知り合いのいるお茶会ならまだしも……看過できない」
尻尾が垂れ下がっているドミニク様の姿はお労しいほど、悲しみと葛藤に悩まされていた。不覚にもキュンとしてしまい、危うく助け船を出しそうになった。危ない、危ない。なんて巧妙な罠かしら。
ドミニク様と会話してみて、悪感情はないし、むしろ意外な一面もあって──ありすぎて重苦しい愛情にドキドキもしたし、好かれていたことも嬉しかった。この三年、色々とおざなりにされたのはショックだったし、凹んだ時もあるけれどドミニク様にも事情があったからと、その部分は呑み込むことはできた。
でもパティシエールはね、呑み込めなかったの。だって私の原動力で、夢だったんだもの!
「……やっぱり、平行線ですわね」
「──っ、フランカ」