白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

「旦那様がなんと言おうと、私はパティシエールとして菓子専門店を出します。ずっと夢だったのですから、それを邪魔する旦那様──ドミニク様は、私の敵ですわ! 離婚調停で揉めようと絶対に、私は離縁してみせますから!」

 もう最後はヤケクソで、言い切って部屋を出た。旦那様は固まったままで、席を立とうとする動作も見せず、私を呼び止めることなどしなかった。ホッとしたのが半分で、残りは落胆や悲しみや言い表せない感情でいっぱいになる。
 でもこの答えが現実なのだと受け止めて、涙で視界が歪んだけれど意地でも泣かなかった。

 白い結婚。
 百年ほど前から教会が離縁条件を改定させた。
 その条件は、結婚して三年以上、夫婦の契りがなく子供ができなかった場合に認められる。
 今までこの国で離縁者が少なかったのは、神獣の血を色濃く受け継いだ番婚制度を取り入れていたからだ。
 貴族は基本的に政略結婚だが、幼少期に親同士で決める前に国中の幼い男女を集めて遊ばせる。そこで当人同士が早々に婚約者──つまりは伴侶を見つけ出していた。番紋を刻むことで伴侶との絆を深め合い、仲睦まじい夫婦になるとか。

 しかし神獣の血も薄れ番制度は廃止。その頃、貴族内の階級格差が開き親同士が勝手に婚姻を決めることが当たり前になっていた。その結果、政略結婚で離縁という逃げ道がないことで、暴力や流血沙汰が増えていったという。
 決定打だったのは、神獣の始祖返りによる惨劇だった。
 
 稀に成長過程から大人になって始祖返りする者がいるという。結婚後に神獣の始祖返りしたのだが、伴侶ではないと妻を拒絶。女性は心の病に、始祖返りした男は離縁ができないことに激昂。最終的に一家惨殺の事件があったことで、白い結婚が認められたのだ。
 そんな背景もあって離縁が貴族にとって醜聞ではあるものの、表立って貶すなどの発言はタブーになっている。百年前に転生しなくて良かったわ。
 浮気、DV、冷え切った家族関係を続けるよりも、お互いに幸せになる道があるのならそうすべきだと思う。前世での記憶と知識、価値観があることで私自身、離婚に対してそこまで悪印象はない。

 貴族として生きていくなら確かにデメリットはあるかもしれないが、離縁した段階で私は市井に身を落とすつもりなので全く問題ない。むしろしがらみとか世間体を気にする息の詰まるような生き方よりずっと楽だもの。
 商人として個人事業名義もあるので生きていく分には余裕もあるし。やっぱり私は家庭に入るよりも、バリバリ働くほうが合っているのだわ。それに出資しても良いという友人もいるのだ。うん、大丈夫よ。
 そう結論づけて荷造りを侍女たちに任せた。

 持ち物はドレスや宝石よりも蔵書の方が多く、思ったよりも時間が掛かりそうだわ。帰るのは実家ではなく、一階がお店、二階が居住空間となる一軒家だ。数日かけて持ち出す方がいいわね。幸いにも執事長のロータスは明日戻るのだから、それまでに何とかしてしまいましょう。
 そう思っていたのだけれど、そう簡単にはいかなかった。

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