白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

 あの頃は忙しいドミニク様に寄り添おうと、流行の便箋など買っていたわ。呪いにかかる要因が私にも少なからずあった……。そういえばしばらくは手紙を控えてほしいと、ロータスが気まずそうに言っていたわね。
 当時は煩わしいと思われて……凹んだわ。
 本来なら些細なこと。でも私たちは会話を持つ機会を作っても、私が一方的に話すだけで、会話になってなかった。自分では歩み寄っていたとは思う。でもあの時から呪いを? そうだったとしても最初の一年はそこまで忙しくなかったわ。……あれ、でも確か視察の帰りに体調を崩して、領地で静養をしながら仕事をしていた……ような?

「呪いは……手違いで……受けてしまったのだ」
「もしかして……私が呪ったと疑ったのですか? だから距離を置いていた?」
「違う……」
「他に隠していることはありません? それとも呪いのことがあって、私と距離を置いたのですか?」
「それは……」

 グッと下唇を噛みしめ、言葉を濁す。そのままじゃ口の端を切ってしまいそうな勢いだわ。んー、心の声は阿鼻叫喚の叫び声で要領を得ないし……。もはや心の声を聞いても推理小説並の洞察力と観察眼が必要になるなんて!

()()がバレたら……妻に嫌われる。でもこのままじゃ本当に離縁されてしまう。そんなの嫌だ。でも()()を見て治癒士、修道女はみな悲鳴を上げて卒倒した。もし、……妻も同じように、蔑むような目で、怯えて、拒絶するようなら、隠したままのほうが! 離縁はしない。したら死ぬ自信がある。……だがそれを打ち明けなければ、魔女の呪いも解けない……。魔女の呪いを解くには妻の協力が必要不可欠。だが……あー、ううう】

 ()()とは?
 それが一番の謎なのよね。呪いのことも黙っていたわけじゃなくて、話そうとは考えてくれていた。でも何らかの理由で私が嫌う可能性があったから、相談できなかった?
 うーん。うん、私に探偵の真似事は無理!

「ドミニク様。何を隠しているのですか? あと十秒以内に言わなかったら、話し合いの見込みなしと思って退席しますからね」
「っ!?」

 眼光が更に鋭くなったけれど、そんなの怖くないわ。心の中で叫んでいるのがダダ漏れですもの。それに一瞬だけ泣きそうな顔を……うっ、しょぼんとした顔がちょっと可愛いなんて……思ってないわ。三年間も黙っていたのですから! 私は激オコなのです!

「十、九、八……」
「あ──」
「七、六、ごー、よん、さん、にー」
「──っ、急に数えるのが早くなってないか!?」
「いち、ぜ──」
「私は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」
「え」

 ボフン、と唐突な破裂音と共に旦那様の容姿に変化が訪れた。捻じ曲がった白い二本の角、白い肌が更に白く、頬には銀の鱗があり、白目部分が黒く染まって、瞳はエメラルドグリーン、太ももほどの蜥蜴のような尻尾がうねる。
 どう見ても竜人族の特徴を色濃く受け継いでいた。

「まあ」
「──っ」

 旦那様の顔がサーっと青ざめた。どうやら本人の意思とは関係なく本来の姿に戻ったようだった。

【や、やってしまった……! あれだけ感情を凍らせて、動揺や感情が揺れ動かないように特訓をしたというのに、妻の前ではまるでダメだ……。それでも三年は隠し通してきたのに……】

 あら。尻尾がへにゃりと垂れ下がっているわ。なんだか犬の尻尾みたいで可愛いかも。
 神獣の血は隔世遺伝することがままあり、この国の半分以上は神獣の血が巡っているらしい。昨今は神獣の血が薄れたとかで覚醒することはほとんどない。何より白銀の神獣が始祖返りする者は稀で、体の一部が獣に酷似する、または一時的に獣になれるなどの権能(オプション)はあるけれど、外見は人と変わらないのだとか。

【……ああ、もう離縁しかない……。この姿はさぞかし気持ち悪いだろう】
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