極道に過ぎた、LOVE STORY
 車に近付けば、別の黒い服の男が後部座席のドアを開けた。

 そのまま、車に乗り込んだ。

 「お嬢、シートベルトをお締め下さい」

 さっき、公園に迎えにきた男が言った。

 「うん。羽柴(はしば)もね」

 「はい。お嬢」

 羽柴誠(はしばまこと)三十歳くらいだと誰かが言ってた。いつも、私の側から離れず、でも私の邪魔にならないように見ている。
 羽柴は、私の指示にほんの僅かだけ微笑むと、自分のシートベルトを締めた。


 「ただいま」

 大きな玄関のドアには、大勢の黒服の男達が並んでいた。

 「おかえりなさいませ」

 口々に、男達が頭を下げる。今日は、男達の人数が多い。私は、走り出した。

 「お嬢、お待ちを。手洗いうがいが先です」

 羽柴の声がするが、構わない。


 大きなビングのドアを両手で開けた。

 「パパ! ただいいま」

 大きな椅子に座っているパパは、難しそうな顔をして話をしていたが、私の声に大きな手を広げた。そのまま、パパの首に抱きついた。

 「おかえり。(さち)


 パパ、轟川宗一郎(とどろきがわそういちろう)。轟川組と聞けば、誰もが恐れる三代目組長。そして、私はその娘、轟川幸(とどろきがわさち)、六歳

 「下がれ」

 パパが言うと、パパの前に立っていた男が、真っ青い顔で頭をさげて出ていった。

 「どこに行ってたんだ?」

 「公園よ」

 「お友達と仲良く遊べたか?」

 「うん」

 「ちゃんと手を洗ったのか?」

 「あっ」

 リビングの入り口に、パパの目が向くと、羽柴が、困ったような顔で立っていた。

 私は、パパの膝から飛び降りると、羽柴の前を通りすぎて、洗面台に向かった。

 「ですから、申し上げたでしょ」

 「はーい」

 たっぷり泡をつけて、手を洗った。


 パパは、すごく優しい。でも、忙しくてあまり家にいない。それに、男達を怒ることがたくさんある。

 ママは、体が弱くて外国の病院に入院していると、パパが言ってた。


 裏口から一人の若い男が入ってきた。私が歩くと、廊下の脇にスッと避けて頭を下げる。

 「外から帰ったら、手洗いうがいよ」

 私はその男に向かって言った。

 「はい! お嬢」

 私が通り過ぎると、ポリポリと頭をかきながら洗面所に向かって行った。この屋敷では、手洗いうがいが徹底されたのは言うまでもない。


 でも、こんな日常がお友達のお家と違う事に気付き始めたのは、この頃からだったと思う。
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