極道に過ぎた、LOVE STORY
 私は何となく気になり、医院長の許可を得て二階の入院病棟へと上がった。

 ベッドに眠る寧々の顔を覗く。だいぶ顔色も良くなり、ぐっすり眠っている。落ち着いて良かった。

 隣のベッドには、美代が眠っていた。高齢であり一人暮らしとの事もあって、今夜は泊まってもらう事になった。

 「先生、ありがとうね。だいぶ楽になりました」

 「起こしてしまいましたか? すみません」

 「いいの。年寄りは眠りが浅いから。あなたも。疲れたでしょ? ゆっくり休んでね」

 美代は本当に落ち着いたようで、優しく微笑んだ。

 「はい、ありがとうございます」

 頭を下げ、隣の病室へと向かった。


 「先生、済まねえな?」

 「起きてらしたのですか? まだ、先生じゃないですよ」

 「俺にとっちゃ先生と同じだ。難しいことは分からんから」


 「三田村さん、少しは落ち着きましたか?」

 「ああ、出すもの出したし、この薬のおかげかかな? 先生、俺の名前覚えてくれたんだ」

 三田村は、点滴と私の顔を交互に見た、

 「あっ。本当だ」

 「何だそりゃ、まあいいよ。先生もゆっくり休めよ」

 「はい。三田村さんも、休んでくださいね」


 今まで、人の名前なんて覚える必要がないと思ってた。だけど、問診票を目の前にしたとき、患者さんの名前を覚えなければと脳が動いた。

 始めて、轟川でなく私という人間を見てもらえた気がした。絶対、この日の出来事を忘れない。私が、医者になる事を覚悟した日になったからだ。私は、医者になりたい。



 康と並んで、病院の外へ出た。

 「康、ありがとう」

 「ふっ。初めて幸からお礼言われたな」

 「そんな事はないでしょ? でも、これで実習が受けれる。正直、もう、ダメかと思ってた」

 「こんなに優秀な学生が、医者になれないなんておかしいだろ?」

 「どんなに頑張っても、生まれた環境は変わらないから、どうにもならないと思ってた」

 「確かに、生まれた環境は変わらないかもだけど、その環境を、幸は嫌いか?」

 「ううん。嫌いじゃないと思う。でも、悪いことは悪い。それはわかってるつもり」

 「そうだな」

 康は、遠くのネオンの光を見て、小さく頷いた。

 もう深夜を回っているというのに、眠らない街を私も見つめる。酔い潰れて道路にうずくまるもの。必死で店に勧誘しようとする者。ベンチに屯っている若者達。これが、轟川組の島、私が目を背けることが出来ない街だ。


 「わかっていても、どうする事もできないんだろな。この街が居場所になってる人も多いんだよ」

 康が、目を向けた先からトモが走って近づいてくる姿が見える。

 「お嬢! 大丈夫でしたか? 何があったんすか?」

 「大丈夫よ。少し疲れただけ」


 「じゃあな、幸」

 「うん。おやすみ」


 「お疲れ様でした」

 トモが康に向かって頭を下げた。


 「いやいや、俺は」

 康は、居心地悪そうに街の中へと消えて行った。何を考えているのかわからない、不思議な男だ。
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