極道に過ぎた、LOVE STORY
 そして、私は長岡病院での実習を迎えた。康は、無事に医師国家試験に合格した。だが、大学に残り研究しながら、花岸医院で研修医として働くらしい。

 総合病院とは聞いていたが、ここまで大きな敷地の病院があるのだろうか? 見方を変えれば、リゾートホテルに足を踏み入れたようだ。

 実習生は五人で、私は外科での実習を希望していた。その、五人の中に、玲香の姿もあった。自分の家の病院で実習なんて、先生方はやりにくくないのだろうか?

 なんて思っていたのは甘い考えだと知る事になる。

 まさかの初日から、慌ただしい実習が始まった。先生方が慌ただしいのだから、そこに付く実習生なんて、何が何だか。そして、誰も何も教えてくれない。自分で知識を盗むしかないのだ。

 昼休みを迎えた頃には、緊張から解放されたくて病院の裏庭に出た。

 「ねえ、まだ?」

 子供の声に、目を向けると、庭の池の周りに、入院着姿の男の子が座っていた。

 「もう、ちょっとかな?」

 その隣で、年配のおじさんが釣竿を持って座っていた。


 その近くにいき、池を覗くと鯉が泳いでいた。

 「釣れるの?」

 私は、その男の子に声をかけた。

 「釣るの!」

 「そうよね。釣れるといいね」


 「あっ」

 「もうちょっと、頑張れ!」

 「あーああー。また、逃げられたな」

 そのおじさんが、残念そうに竿を上げた。


 「やっぱり海がいいよ。海がいい」

 男性が立ち上がると、男の子は男性にすがるように言った。

 「海で釣る練習だよ」

 男性は、チラリと私を見ると、小さく笑った。子供の父親にしては、年が上の気がする。

 二人は、楽しそうに並んで歩いて行った。


 あまり食欲はないが、食べないと午後が持たないと思い、ベンチに座りサンドイッチを摘んだ。

 病院へ戻る途中、また、あのおじさんを見かけた、今度は病棟の談話室で、患者さんと将棋をしていた。

 「しまったぁ。参りました」

 おじさんの頭を下げる姿が見えた。ボランティアさんだろうか?


 医局に戻ると、院長回診の放送が流れた。

 やっぱり、そんなシステムがこの病院にもあるようだ。まだ、挨拶も出来ていないが、玲香の父の姿を見られる。だが、医局の誰一人動く気配はない。

 「院長回診みたいですけど」

 学生の一人が、小さな声で言った。

 「ああ、俺達にはそんな時間ないんだよ。そうだな、実習生は見に行ってきたらいい」

 「はい」

 外科医に実習に入っている、私ともう一人の男子学生は、病棟へと向かった。


 だが、どこにも院長回診らしき団体はない。

 辺りを見回すと、さっきのおじさんが、病室に入っていく姿が見えた。

 どうして?
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