極道に過ぎた、LOVE STORY
 「うちの医院長、白衣を着ないんんだ」

 私たちの横を通り過ぎようしていた、外科部長の西澤が言った。

 「じゃあ、あの方が医院長」

 「そうだよ。ああ見えて、患者の事をよく見てる。毎日、病棟を変えて回診している。我々、ドクターを引き連れる事はしない。そんな時間があるなら、他にやる事があるだろう、と言うのがうちの医院長の方針だ。まあ、俺もそう思うよ」

 部長は、忙しそうに去って行ったが、医院長に呼び止められた。医院長の持っていたタブレットで何やら確認している。

 部長は、深刻な顔で画面を見ると私たちを手招いた。

 医局に戻り、医院長の見解について話がされた。様々な先生方の意見を、一語一句逃さないように聞く。こんなに一人の患者さんに対して、話し合いがされるんだ。

 そんな事が繰り返され、早いスピードで処置が行われる日々に必死だった。でも、私には興味深い事ばかりで、オペ実習には今まで見てきた何よりも感動した。病気を治す方法ってこう言う事なんだ。


 久しぶりに、玲香と廊下ですれ違った。

 「お疲れ」

 「本当にお疲れ」

 玲香も、疲れた表情はしているが、どこか凛々しくなったようにも思う。

 「お嬢様でも、疲れるのね?」

 「分かってはいたけど、ここまでハードだとはね。医院長の娘だって容赦されないわよ。それでいいし、そうでなきゃいけないと思う。だから、幸の事も誰も何も言わないでしょ」

 「まあね。それどころじゃないって感じよ。今まで、実習断られてきたのは、何だったのかと思う。この病院、本当に凄いわ。医療に関係ない事はどうでもいいって思える」

 「本当ね。私も、本気で医者になりたいと思えて良かった」

 玲香が、吹き抜けの上から外来の患者さんの様子を見ている。


 「先生!」

 小さな男の子が走ってきた。

 「ダメだよ、走っちゃ」

 玲香が、慌てて走り寄った。

 「ごめなさい」

 「もう、びっくりしたよ。どうしたの?」

 「釣りしよう。この餌なら釣れるかも」

 この前、医院長と池で釣りをしていた子だ。

 「あら、美味しそうな餌ね」

 玲香が、男の子の目線に合わせて話をしている姿に、医者になろうという意志を感じた。私も、負けてはいられない。
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