酔った勢いで契約したレンタルダーリンと期間限定の夫婦生活始めます!
「初めまして~っ」
友人のこんな猫なで声聞いたことないなぁと、少し失笑してしまったら隣からさりげない肘鉄を喰らった。痛い。
男性陣と向かい合うように席について、目の前でにこにことさわやかに笑っている二人に目を向ける。
友人が「格好良い人たちだね」と話しかけてくれたのだが、普段身近にいる人が格好良すぎるせいで、かすんで見えてしまって「そうだね!」と淡白な返事しかできなかった。
飲み物と料理を注文したあとに、それぞれの自己紹介が始まる。私の中で今日のメインは友人に彼氏を作ることだったので、自分の自己紹介はシンプルにしてみる。合コン自体すすんで参加したことがないのでどんな風に進行していくのかさえわからない。とりあえず、友人に合わせておけばなんとかなるだろう。
運ばれてきたお酒を飲みながら、テーブルの上に運ばれてくる料理に心の中でこっそりテンションを上げた。居酒屋のご飯も好きだから嬉しいな。
友人が取り分けたサラダを黙々と食べて、時折会話に参加する。でも会話の中心は男性陣と友人だ。
「サトルくんスポーツ万能そうだよね。何かやってたりする?」
「全然! 俺インドア派で……暇があればお菓子作ってるよ」
「お菓子かぁすごいなぁ。何を作ったりするの?」
「たいしたものじゃないかな。プリンとかクッキーとか。この前、初めてチーズケーキを作ってみた」
「チーズケーキ!」
思わずサラダを食べる手を止めてチーズケーキに反応してしまった。いいな、チーズケーキ。葵さんにお願いしたら作ってくれるかな。
「あはは、今の反応なんか可愛かった。チーズケーキ好き?」
「え? あ、まあ」
良い笑顔で話しかけられて、少しどもってしまう。葵さんのことを考えていたから、意識が合コンから離れそうになった。
「今度作ってきてあげようか? なんてね」
「あははー」
笑って誤魔化しておいた。明日、葵さんにチーズケーキが食べたいって言ってみよう。
傍のグラスに手を伸ばして、お酒をごくごくと飲む。
――ああ、無くなっちゃった。追加注文しよう。
タッチパネルを操作して、次に何を飲もうか悩む間に話が進んでいく。
私の心の中は明日食べられるであろう葵さんのチーズケーキが楽しみでわくわくしていた。
「俺はどっちかっていうと食べるのが好きだから料理上手な子がタイプかな」
サトルくんのお友達のユウタくんが続けて私達に「料理したりする?」と問うた。友人が「料理は勉強中で、最近エビチリを作ったんだ」なんて話している。それは初耳だ。でもここで口を挟んだらまた肘鉄をされるので話を合わせる。
「私は食べる方が専門で、料理は全く……。あ、でも最近練習してるかな」
朝昼晩と葵さんの手作り料理を食べている。でも葵さんにお願いして教わっているから全く料理しないってわけじゃなくなった。おやつまで作ってくれるから私の胃袋は完全に葵さんにつかまれている。
「何の料理が好き?」と聞かれたのだが、葵さんの作る料理ならなんだって好きだったので一つにしぼれなかった。
「なんでも食べるよ」
「好き嫌いがないんだね」
「好き嫌いがないというか……うーん」
嫌いなものでも葵さんが魔法のようにおいしく作ってしまうから、とは言わずに言葉を濁して、からあげにお箸を伸ばした。一口かじった瞬間の違和感に思わず口を閉じる。葵さんのからあげの方がおいしい。あれは、お肉がジューシーで柔らかくて衣はカリッとしていて。味付けも――お箸が止まらなくなるくらいだ。
葵さん、今頃一人でごはん食べてるのかな。
友人が頑張って話をしている。私は時折会話を合わせて友人のサポートをするだけだったので、おなかがいっぱいになってきた。そのうちお酒だけがすすんでだんだんふわふわしてきた。目の前がちょっとぐるぐるするかもしれない。テーブルの上で腕を枕にして頬を乗せた体勢でなんとか返事をしていたのだが、たまに「わっ」と盛り上がる声に肩が跳ねた。盛り上がっているなら何よりだ。
それにしても、私はつまらないやつだと思われているだろうな。食べて飲みに来ただけだったから。
まあ、今日は友人の彼氏ができればいいから。
ああ、葵さんに会いたい。おかえりって、大好きなあの声で出迎えてもらいたい。早く帰りたくなってきた。
ふっと意識が一瞬落ちる。一瞬、だと思ったのに次に目を開けたらどうやらお開きになっていたようだ。
「そろそろ終電無くなるね。このあとどうする?」
「もうそんな時間か」
男性二人が話している。しゅうでんってなんだっけ。大事なことのような気がする。しゅうでん、しゅうでん――終電だ!
勢いよく頭を上げてしまってぐわんと視界が揺れた。隣で「大丈夫?」と友人が肩を支えてくれたことにお礼を言う余裕もなく、ふわふわする意識で鞄からスマホを取り出して画面を確認すれば電話――葵さんからの着信が数件入っていた。
しまった。何をやってるんだ私は。
「私、帰るね」
「せっかくだから俺の家で飲みなおそうよ。二人とも朝までいてくれていいし」
「二人とも明日休みだよね?」
「やすみ、だけど。もうお酒飲み過ぎてふらふらするし、かえらないと」
「とりあえず店を出ましょうか。今日はごちそうさまでーす!」
友人の言葉に男性陣が明るい声で「どういたしましてー!」なんて言っている。とりあえずお店を出よう。ふらつく足元を叱咤して、鞄を手に苦笑いしている友人に支えられながらお店を出た。
うう、これは完全に飲み過ぎた。気持ち悪いとかはないけれど、足元がおぼつかない。
「もう、あんた飲み過ぎ! タクシー呼んであげるから帰りなさい」
「ご、ごめんって。ありがとう」
小さな声で友人と会話していたら、男性陣が、ぐっと近づいてきて息を詰めてしまった。
「カラオケ行ってもいいし……でも二人ともやっぱり俺の家行こうよ。楽しかったからもっと話したいな」
「いや、わたしは、帰るから」
一歩踏み出したのだが、隣からぐいっと肩を抱かれて完全に寄りかかる形になってしまった。肩を抱いているのは確かサトルくんだ。
「ああ、大丈夫? 俺の家で休んで行っていいよ。ほら、もう終電無くなっちゃったし」
顔の近くで囁かれて、ぞくぞくと嫌な寒気が走る。触らないでほしい。そう思ってサトルくんの身体を押すけれど、びくともしない。酔っぱらっているから力も入らなくて。
「いいよいいよ、その子もあたしも帰るから」
「ええー、遠慮しなくていいからさ。行こうぜ」
友人が私の手を引っ張ってくれるのだが、そんな友人の肩をユウタくんが抱いた。
「はい、じゃあ俺の家に行こ」
「その必要はないから、その子を放してくれ」
まるで時間が止まったかのようだった。絶対聞こえるはずがない声が聞こえて、ハッと顔を上げた私の視界に映ったのは、ぎらりと輝く黒色の瞳だった。その瞳に、いつものような優しい色はない。
「ん? なんだよあんた」
「その子に触るなって言ってるんだ。聞こえなかったのか?」
葵さん。葵さんだ。酔っぱらって幻覚が見えてるのかな。だって、こんな――まるで少女漫画みたいな展開が実際にあるなんて。信じられない気持ちと、でもそれを上回った嬉しさに私の表情が緩んだ。
「あおいさん」
彼の名を呼んだ私と葵さんを交互に見たサトルくんは聞こえるような舌打ちをする。そして、そのさわやかだった表情を気だるげに歪めた。
「なんだよ。彼氏持ちかよ。ほらよ」
「っわ」
背中を少し乱暴に押されて葵さんにぶつかるように彼の胸に飛び込んでしまった。それをきちんと受け止めてくれた葵さんにお礼を言おうと見上げたら、私が今まで一度も見たことない怖い顔でサトルくんを睨んでいる姿があって、たまらず彼の服を指先で握る。
その場の空気が、ぴりりと痛いものになった。葵さんから放たれる何かが震えている。怯んだサトルくんとユウタくんが私の友人に「あんたはどうする?」と問うた。
「だからさっきも言ったけど、あたしも帰るわ」
その言葉を聞いて二人はわざとらしく大きくため息を吐くと、ぶつくさ文句を言いながら立ち去って行った。何を言っているのかはわからなかったがきっとろくなことじゃないだろう。
「まー、あいつら猫かぶりすごかったわねー。ちょっとあんた大丈夫?」
葵さんの腕の中にいる私の頭を指先でとんとんとたたきながら友人が声をかけてくれた。
「だいじょうぶ」
「もう……。えっと……この子の旦那さん? 会いたかったです~! まさかこんなイケメンさんだったなんてっ! いいわね~もうこのこの! あんな男達なんてかすんじゃうわ!」
「いたい、いたい」
指の第二関節で頭をぐりぐりしないでほしい。ただでさえお酒でぐらぐらしているのに。
「君は、大丈夫でしたか?」
「あたしはお酒強いんで潰れることないですから。あいつら途中で下心見え見えだったんでこっちからごめんなさいでしたね。旦那さん、何でここまで来ました? 車?」
「車です。お店の場所にたどり着くのに時間がかかって。もうちょっと早く迎えに来てあげたかったんですけど……」
葵さんの左腕が腰を支えてくれている。右手の指先で私の前髪を撫でるのでちょっとくすぐったい。
「ふーん。ふふ、じゃああたしも帰りますね。その子のことお願いします」
「ありがとうございます。任せてください」
「今日はごめんね! 今度は二人で飲みに行こう!」
元気な声で私に声をかけた友人はしっかりとした足取りで私達の元から遠ざかっていく。その背中を見送っていたら、葵さんは静かに深く息を吐き出した。頭の後ろをぽんぽんと二回優しく撫でてくれる。
「歩けそう?」
「ん、うん」
葵さんに支えられながら数歩歩きだしたけれど、やっぱりふらふらだ。一人では歩けそうにない。ああもう情けない。
「ちょっと、休憩したい」
「休憩って言われても……ここにそんな場所は――」
「ここで座る」
「こんなところで座っちゃだめだ。ああもう、どれだけ飲まされたんだ……っ」
おいで、と言われて、そのままひょいっとお姫様抱っこされてしまった。ぽやぽやとする意識の中で、とにかく葵さんに身を任せる。目を閉じて葵さんのぬくもりを感じていたら、車のロックが解除された音が聞こえてきた。葵さんが身体を支えて助手席に座らせてくれる。長くて綺麗な指先が私のブラウスのボタンに伸びて、ぷつぷつとボタンを二つほど開けて緩めてくれた。少し楽になった気がする。
「はい、お水」
蓋の開いたペットボトルのミネラルウォーターを手渡され、素直に受け取って喉に流し込む。ぷはっと声を漏らしてペットボトルを口から離した。葵さんは運転席に腰掛けながら小さく笑うと私の顔を覗き込んだ。顔が近い。やっぱりとても格好良い。
「ずいぶん飲んだみたいだね。男の人がいるって聞いてなかったよ?」
「きょうは、友人の彼氏を見つける合コンだったの」
「そっか。君が彼氏を見つけたくて、とかじゃなかったんだね。――でも、俺があと少し遅かったらと思うと……ぞっとする」
葵さんの指先が私の髪をすくって耳にかけてくれる。その手つきが優しくて、なんだかもっと触れてほしいなと思ってしまってちょっとだけ頬をすり寄せた。
「うふふ。あおいさん、あおいさん」
「なあに」
「なあにって優しく聞いてくれるの、すき」
「ありがとう」
「迎えに来てくれて、うれしい」
「心配したんだからね。言っていた時間になっても帰ってこないし、電話しても出ないし」
「はい、ごめんなさい」
頭を下げて謝ったら、その頭のてっぺんにキスされてしまった。驚いて顔を上げたら今度は指で鼻先をトンと軽くつつかれる。
「もうこんなことしないで。心配でどうにかなっちゃいそうだった。君に何かあったんだって、世界が真っ暗になったみたいだった」
「……もう、しない。ちゃんと約束した時間に帰る」
「うん、約束」
たくさんたくさん心配をかけてしまったようだ。しょんぼりする気持ちの一方、今とても葵さんに抱きしめてほしい気持ちがわきあがってきてたまらなくなる。
「ぎゅーってしていい?」
「喜んで。はい」
こちらに身を寄せて両手を広げて抱きしめてくれたことが嬉しくて、私も腕に力を入れて彼に抱き着いた。
「ふふ、良い匂いがする」
胸元に鼻先を寄せて、深く息を吸い込めば心が癒される幸せな匂いがする。
「君からはいつもと違うにおいがする。さっきの男のにおいかな」
「ん? そんなにくさい?」
「――気に入らないな」
葵さんが私の肩口に顔をうずめるから髪の毛が耳に触れて小さく身をよじる。ぐりぐり肌を寄せられて、なんだか甘えられているみたいで嬉しい。
「葵さん、顔上げて」
「ん?」
「んー」
頬に唇を寄せて、彼がいつもしてくれるように頬にキスをしてみる。葵さんの肩が小さく跳ねた。
「あはは、ちゅーしちゃった。葵さん、ほっぺたつるつるだぁ。んー」
うりうりと頬に眉間をすりつけて肌を堪能する。本当につるつる。私より絶対きれいな肌だ。
「ああもう、君は酔ったらこんなことになるんだね……」
今度は葵さんが私の頬にちゅーをしてくれた。ゆっくりと肌の感触を味わうようなそんな触れ方。
ちゅ、ちゅ、と音を立てて反対の頬や額、瞼、目の下、鼻先――たくさんのキスの雨が降ってくる。唇の横の頬に最後に口づけて離れた彼の顔があまりにも綺麗で、うっとりと見つめていたら親指で唇を撫でられた。
「ふふ、くすぐったい。たくさんちゅーしてもらっちゃった」
「幸せそうな顔をしてるね」
「しあわせ。大好きな人に、ちゅーされてるんだもん」
「俺にもしてくれる?」
「やったー! 葵さんにちゅーできる!」
普段なら絶対恥ずかしくてできないだろうに、これは酔った勢いだ。
テンションが高い私は葵さんの両方の頬にちゅ、ちゅとキスを落とす。そして額、瞼、目の下、鼻先と真似をして唇をくっつけた。
力の抜けた顔で笑った自覚はある。葵さんの瞳を覗き込んだら、彼は「ありがとう」ときらきらした色を宿して目元を緩めた。
ああもう格好良すぎる。ぶつかるように彼の胸に飛び込んでぎゅうぎゅうと抱きつくと、頭の後ろを優しく撫でてくれた。
「あの男の人達に何もされなかった?」
「飲んでいるときはとくになにも。お話してただけで。一人が、お料理が趣味って言ってたんだけど、チーズケーキを作ったっていう話をしていて、今度作ってあげようかーなんて言われて」
「……へえ」
「でも、話を聞いていたら葵さんが作ったチーズケーキが食べたくなっちゃったから、明日作ってくれる?」
「そっか。俺が作ったチーズケーキが食べたくなっちゃったんだね。うん、明日作ってあげるから一緒に材料を買いに行こう」
「やったー! 葵さん大好き」
「俺も君が大好きだよ」
葵さんに大好きだって言われちゃった! 嬉しすぎて踊りだしちゃいそうだ。その感情をどうにか表現したくて、とりあえず前髪がぐちゃぐちゃになるなんてお構いなしに、額をぐりぐりと彼の胸板に押し付ける。
「うふふー、相思相愛だね!」
「はは、そうだね」
顔を上げたら近い距離にあった黒色の瞳に吸い込まれそうになった。頭の後ろに触れたままだった大きな手に押されてまた胸元に顔をうずめる。背中をとん、とんと優しくリズムをとってたたかれて、なんだかあやされているみたいだ。
「俺が作るごはんは好き?」
「大好き。今日食べた居酒屋のごはんもなんだか物足りなくて……からあげも、葵さんが作ったやつの方がおいしかった。世界で一番好き」
「俺とおしゃべりするのは好き?」
「葵さんの声を聴くのは私の癒しだから大好き」
「俺とこうやってくっつくのは?」
「最初はすっごく緊張して身体がちがちだったけど、いまはちょっと慣れてきたかな。くっついていると、安心する」
「俺が君の頬や額にキスするのは?」
「緊張するけど、身体中が、ぶわーって勢いよく幸せになる」
「――うん、ありがとう」
彼が深く息を吸い込んだことによる一拍置いた後のお礼に、私は酔っぱらっていたからか違和感を覚えることはなかった。
それよりも、鼓膜に心地よく響くあたたかくて柔らかい声がまるで子守唄だなんて考えていて。私が赤ん坊だったら、きっと葵さんの声を聴いただけですぐに泣き止むし眠りについちゃうだろう。どちらともなく身体を離して、それでも近い距離で見つめ合う。
「まだ意識がふわふわしてるみたいだから、帰ったらシャワーは明日の朝にして今日はもう寝ようか」
「顔を洗って、はみがきをしてから寝る」
「うん。パジャマにも着替えようね。車、出すよ。眠っていていいからね」
「うん」
葵さんは車の運転も上手だから、心配しないで穏やかに眠っていられる。酔っぱらった私を家まで連れて帰ってくれる葵さん。なんだか初めて出会ったときのことを思い出す。ひとつ違ったのは、目が覚めて気づいたらすでに家の中にいてリビングのソファに座っていたことだ。
「起きた?」
「ん。かお、あらう」
「うん。手を貸すからつかまって」
支えてくれた葵さんにお礼を言って、いまだにちょっとだけふらつく足で洗面台がある脱衣所へ向かう。葵さんは、何かあったときのために扉の前で待ってるからねと脱衣所の扉を閉めた。今日はお世話になりっぱなしだ。今日はじゃない、今日もだ。
顔を洗って歯磨きをしているうちに酔いからかだんだんと睡魔が襲ってくる。早く着替えて寝たい。脱衣所に置いてあったパジャマに着替えると、ゆったりとした作りの服だったので身体周りが楽になる。脱衣所を出ると目の前の壁に葵さんがもたれかかって待っていてくれて私の手を引いてベッドに行く。
「はい、良い子だからもう寝ようね?」
葵さんを見上げ、だらしなく緩んだ顔で大きく頷く。今夜も葵さんが隣で寝てくれる。安心して眠れること間違いなしだ。安眠出来る。私を見下ろしたまま、ゆっくりとまばたきをした葵さんは、ふっとおかしそうに笑うと先にベッドに寝転んで自分の隣をぽんぽんとたたく。
「はい、おいで」
手はもう放れていたのに、まるで引っ張って導かれるようにベッドの上にのった。「頭はここだよ」と言われるままに葵さんの腕に頭を置いて目を閉じたら耳のすぐ近くで「おやすみ」が聞こえる。「おやすみなさい」とちゃんと返して、そのあとスイッチが切れたみたいに深くて心地の良い眠りに入った。
友人のこんな猫なで声聞いたことないなぁと、少し失笑してしまったら隣からさりげない肘鉄を喰らった。痛い。
男性陣と向かい合うように席について、目の前でにこにことさわやかに笑っている二人に目を向ける。
友人が「格好良い人たちだね」と話しかけてくれたのだが、普段身近にいる人が格好良すぎるせいで、かすんで見えてしまって「そうだね!」と淡白な返事しかできなかった。
飲み物と料理を注文したあとに、それぞれの自己紹介が始まる。私の中で今日のメインは友人に彼氏を作ることだったので、自分の自己紹介はシンプルにしてみる。合コン自体すすんで参加したことがないのでどんな風に進行していくのかさえわからない。とりあえず、友人に合わせておけばなんとかなるだろう。
運ばれてきたお酒を飲みながら、テーブルの上に運ばれてくる料理に心の中でこっそりテンションを上げた。居酒屋のご飯も好きだから嬉しいな。
友人が取り分けたサラダを黙々と食べて、時折会話に参加する。でも会話の中心は男性陣と友人だ。
「サトルくんスポーツ万能そうだよね。何かやってたりする?」
「全然! 俺インドア派で……暇があればお菓子作ってるよ」
「お菓子かぁすごいなぁ。何を作ったりするの?」
「たいしたものじゃないかな。プリンとかクッキーとか。この前、初めてチーズケーキを作ってみた」
「チーズケーキ!」
思わずサラダを食べる手を止めてチーズケーキに反応してしまった。いいな、チーズケーキ。葵さんにお願いしたら作ってくれるかな。
「あはは、今の反応なんか可愛かった。チーズケーキ好き?」
「え? あ、まあ」
良い笑顔で話しかけられて、少しどもってしまう。葵さんのことを考えていたから、意識が合コンから離れそうになった。
「今度作ってきてあげようか? なんてね」
「あははー」
笑って誤魔化しておいた。明日、葵さんにチーズケーキが食べたいって言ってみよう。
傍のグラスに手を伸ばして、お酒をごくごくと飲む。
――ああ、無くなっちゃった。追加注文しよう。
タッチパネルを操作して、次に何を飲もうか悩む間に話が進んでいく。
私の心の中は明日食べられるであろう葵さんのチーズケーキが楽しみでわくわくしていた。
「俺はどっちかっていうと食べるのが好きだから料理上手な子がタイプかな」
サトルくんのお友達のユウタくんが続けて私達に「料理したりする?」と問うた。友人が「料理は勉強中で、最近エビチリを作ったんだ」なんて話している。それは初耳だ。でもここで口を挟んだらまた肘鉄をされるので話を合わせる。
「私は食べる方が専門で、料理は全く……。あ、でも最近練習してるかな」
朝昼晩と葵さんの手作り料理を食べている。でも葵さんにお願いして教わっているから全く料理しないってわけじゃなくなった。おやつまで作ってくれるから私の胃袋は完全に葵さんにつかまれている。
「何の料理が好き?」と聞かれたのだが、葵さんの作る料理ならなんだって好きだったので一つにしぼれなかった。
「なんでも食べるよ」
「好き嫌いがないんだね」
「好き嫌いがないというか……うーん」
嫌いなものでも葵さんが魔法のようにおいしく作ってしまうから、とは言わずに言葉を濁して、からあげにお箸を伸ばした。一口かじった瞬間の違和感に思わず口を閉じる。葵さんのからあげの方がおいしい。あれは、お肉がジューシーで柔らかくて衣はカリッとしていて。味付けも――お箸が止まらなくなるくらいだ。
葵さん、今頃一人でごはん食べてるのかな。
友人が頑張って話をしている。私は時折会話を合わせて友人のサポートをするだけだったので、おなかがいっぱいになってきた。そのうちお酒だけがすすんでだんだんふわふわしてきた。目の前がちょっとぐるぐるするかもしれない。テーブルの上で腕を枕にして頬を乗せた体勢でなんとか返事をしていたのだが、たまに「わっ」と盛り上がる声に肩が跳ねた。盛り上がっているなら何よりだ。
それにしても、私はつまらないやつだと思われているだろうな。食べて飲みに来ただけだったから。
まあ、今日は友人の彼氏ができればいいから。
ああ、葵さんに会いたい。おかえりって、大好きなあの声で出迎えてもらいたい。早く帰りたくなってきた。
ふっと意識が一瞬落ちる。一瞬、だと思ったのに次に目を開けたらどうやらお開きになっていたようだ。
「そろそろ終電無くなるね。このあとどうする?」
「もうそんな時間か」
男性二人が話している。しゅうでんってなんだっけ。大事なことのような気がする。しゅうでん、しゅうでん――終電だ!
勢いよく頭を上げてしまってぐわんと視界が揺れた。隣で「大丈夫?」と友人が肩を支えてくれたことにお礼を言う余裕もなく、ふわふわする意識で鞄からスマホを取り出して画面を確認すれば電話――葵さんからの着信が数件入っていた。
しまった。何をやってるんだ私は。
「私、帰るね」
「せっかくだから俺の家で飲みなおそうよ。二人とも朝までいてくれていいし」
「二人とも明日休みだよね?」
「やすみ、だけど。もうお酒飲み過ぎてふらふらするし、かえらないと」
「とりあえず店を出ましょうか。今日はごちそうさまでーす!」
友人の言葉に男性陣が明るい声で「どういたしましてー!」なんて言っている。とりあえずお店を出よう。ふらつく足元を叱咤して、鞄を手に苦笑いしている友人に支えられながらお店を出た。
うう、これは完全に飲み過ぎた。気持ち悪いとかはないけれど、足元がおぼつかない。
「もう、あんた飲み過ぎ! タクシー呼んであげるから帰りなさい」
「ご、ごめんって。ありがとう」
小さな声で友人と会話していたら、男性陣が、ぐっと近づいてきて息を詰めてしまった。
「カラオケ行ってもいいし……でも二人ともやっぱり俺の家行こうよ。楽しかったからもっと話したいな」
「いや、わたしは、帰るから」
一歩踏み出したのだが、隣からぐいっと肩を抱かれて完全に寄りかかる形になってしまった。肩を抱いているのは確かサトルくんだ。
「ああ、大丈夫? 俺の家で休んで行っていいよ。ほら、もう終電無くなっちゃったし」
顔の近くで囁かれて、ぞくぞくと嫌な寒気が走る。触らないでほしい。そう思ってサトルくんの身体を押すけれど、びくともしない。酔っぱらっているから力も入らなくて。
「いいよいいよ、その子もあたしも帰るから」
「ええー、遠慮しなくていいからさ。行こうぜ」
友人が私の手を引っ張ってくれるのだが、そんな友人の肩をユウタくんが抱いた。
「はい、じゃあ俺の家に行こ」
「その必要はないから、その子を放してくれ」
まるで時間が止まったかのようだった。絶対聞こえるはずがない声が聞こえて、ハッと顔を上げた私の視界に映ったのは、ぎらりと輝く黒色の瞳だった。その瞳に、いつものような優しい色はない。
「ん? なんだよあんた」
「その子に触るなって言ってるんだ。聞こえなかったのか?」
葵さん。葵さんだ。酔っぱらって幻覚が見えてるのかな。だって、こんな――まるで少女漫画みたいな展開が実際にあるなんて。信じられない気持ちと、でもそれを上回った嬉しさに私の表情が緩んだ。
「あおいさん」
彼の名を呼んだ私と葵さんを交互に見たサトルくんは聞こえるような舌打ちをする。そして、そのさわやかだった表情を気だるげに歪めた。
「なんだよ。彼氏持ちかよ。ほらよ」
「っわ」
背中を少し乱暴に押されて葵さんにぶつかるように彼の胸に飛び込んでしまった。それをきちんと受け止めてくれた葵さんにお礼を言おうと見上げたら、私が今まで一度も見たことない怖い顔でサトルくんを睨んでいる姿があって、たまらず彼の服を指先で握る。
その場の空気が、ぴりりと痛いものになった。葵さんから放たれる何かが震えている。怯んだサトルくんとユウタくんが私の友人に「あんたはどうする?」と問うた。
「だからさっきも言ったけど、あたしも帰るわ」
その言葉を聞いて二人はわざとらしく大きくため息を吐くと、ぶつくさ文句を言いながら立ち去って行った。何を言っているのかはわからなかったがきっとろくなことじゃないだろう。
「まー、あいつら猫かぶりすごかったわねー。ちょっとあんた大丈夫?」
葵さんの腕の中にいる私の頭を指先でとんとんとたたきながら友人が声をかけてくれた。
「だいじょうぶ」
「もう……。えっと……この子の旦那さん? 会いたかったです~! まさかこんなイケメンさんだったなんてっ! いいわね~もうこのこの! あんな男達なんてかすんじゃうわ!」
「いたい、いたい」
指の第二関節で頭をぐりぐりしないでほしい。ただでさえお酒でぐらぐらしているのに。
「君は、大丈夫でしたか?」
「あたしはお酒強いんで潰れることないですから。あいつら途中で下心見え見えだったんでこっちからごめんなさいでしたね。旦那さん、何でここまで来ました? 車?」
「車です。お店の場所にたどり着くのに時間がかかって。もうちょっと早く迎えに来てあげたかったんですけど……」
葵さんの左腕が腰を支えてくれている。右手の指先で私の前髪を撫でるのでちょっとくすぐったい。
「ふーん。ふふ、じゃああたしも帰りますね。その子のことお願いします」
「ありがとうございます。任せてください」
「今日はごめんね! 今度は二人で飲みに行こう!」
元気な声で私に声をかけた友人はしっかりとした足取りで私達の元から遠ざかっていく。その背中を見送っていたら、葵さんは静かに深く息を吐き出した。頭の後ろをぽんぽんと二回優しく撫でてくれる。
「歩けそう?」
「ん、うん」
葵さんに支えられながら数歩歩きだしたけれど、やっぱりふらふらだ。一人では歩けそうにない。ああもう情けない。
「ちょっと、休憩したい」
「休憩って言われても……ここにそんな場所は――」
「ここで座る」
「こんなところで座っちゃだめだ。ああもう、どれだけ飲まされたんだ……っ」
おいで、と言われて、そのままひょいっとお姫様抱っこされてしまった。ぽやぽやとする意識の中で、とにかく葵さんに身を任せる。目を閉じて葵さんのぬくもりを感じていたら、車のロックが解除された音が聞こえてきた。葵さんが身体を支えて助手席に座らせてくれる。長くて綺麗な指先が私のブラウスのボタンに伸びて、ぷつぷつとボタンを二つほど開けて緩めてくれた。少し楽になった気がする。
「はい、お水」
蓋の開いたペットボトルのミネラルウォーターを手渡され、素直に受け取って喉に流し込む。ぷはっと声を漏らしてペットボトルを口から離した。葵さんは運転席に腰掛けながら小さく笑うと私の顔を覗き込んだ。顔が近い。やっぱりとても格好良い。
「ずいぶん飲んだみたいだね。男の人がいるって聞いてなかったよ?」
「きょうは、友人の彼氏を見つける合コンだったの」
「そっか。君が彼氏を見つけたくて、とかじゃなかったんだね。――でも、俺があと少し遅かったらと思うと……ぞっとする」
葵さんの指先が私の髪をすくって耳にかけてくれる。その手つきが優しくて、なんだかもっと触れてほしいなと思ってしまってちょっとだけ頬をすり寄せた。
「うふふ。あおいさん、あおいさん」
「なあに」
「なあにって優しく聞いてくれるの、すき」
「ありがとう」
「迎えに来てくれて、うれしい」
「心配したんだからね。言っていた時間になっても帰ってこないし、電話しても出ないし」
「はい、ごめんなさい」
頭を下げて謝ったら、その頭のてっぺんにキスされてしまった。驚いて顔を上げたら今度は指で鼻先をトンと軽くつつかれる。
「もうこんなことしないで。心配でどうにかなっちゃいそうだった。君に何かあったんだって、世界が真っ暗になったみたいだった」
「……もう、しない。ちゃんと約束した時間に帰る」
「うん、約束」
たくさんたくさん心配をかけてしまったようだ。しょんぼりする気持ちの一方、今とても葵さんに抱きしめてほしい気持ちがわきあがってきてたまらなくなる。
「ぎゅーってしていい?」
「喜んで。はい」
こちらに身を寄せて両手を広げて抱きしめてくれたことが嬉しくて、私も腕に力を入れて彼に抱き着いた。
「ふふ、良い匂いがする」
胸元に鼻先を寄せて、深く息を吸い込めば心が癒される幸せな匂いがする。
「君からはいつもと違うにおいがする。さっきの男のにおいかな」
「ん? そんなにくさい?」
「――気に入らないな」
葵さんが私の肩口に顔をうずめるから髪の毛が耳に触れて小さく身をよじる。ぐりぐり肌を寄せられて、なんだか甘えられているみたいで嬉しい。
「葵さん、顔上げて」
「ん?」
「んー」
頬に唇を寄せて、彼がいつもしてくれるように頬にキスをしてみる。葵さんの肩が小さく跳ねた。
「あはは、ちゅーしちゃった。葵さん、ほっぺたつるつるだぁ。んー」
うりうりと頬に眉間をすりつけて肌を堪能する。本当につるつる。私より絶対きれいな肌だ。
「ああもう、君は酔ったらこんなことになるんだね……」
今度は葵さんが私の頬にちゅーをしてくれた。ゆっくりと肌の感触を味わうようなそんな触れ方。
ちゅ、ちゅ、と音を立てて反対の頬や額、瞼、目の下、鼻先――たくさんのキスの雨が降ってくる。唇の横の頬に最後に口づけて離れた彼の顔があまりにも綺麗で、うっとりと見つめていたら親指で唇を撫でられた。
「ふふ、くすぐったい。たくさんちゅーしてもらっちゃった」
「幸せそうな顔をしてるね」
「しあわせ。大好きな人に、ちゅーされてるんだもん」
「俺にもしてくれる?」
「やったー! 葵さんにちゅーできる!」
普段なら絶対恥ずかしくてできないだろうに、これは酔った勢いだ。
テンションが高い私は葵さんの両方の頬にちゅ、ちゅとキスを落とす。そして額、瞼、目の下、鼻先と真似をして唇をくっつけた。
力の抜けた顔で笑った自覚はある。葵さんの瞳を覗き込んだら、彼は「ありがとう」ときらきらした色を宿して目元を緩めた。
ああもう格好良すぎる。ぶつかるように彼の胸に飛び込んでぎゅうぎゅうと抱きつくと、頭の後ろを優しく撫でてくれた。
「あの男の人達に何もされなかった?」
「飲んでいるときはとくになにも。お話してただけで。一人が、お料理が趣味って言ってたんだけど、チーズケーキを作ったっていう話をしていて、今度作ってあげようかーなんて言われて」
「……へえ」
「でも、話を聞いていたら葵さんが作ったチーズケーキが食べたくなっちゃったから、明日作ってくれる?」
「そっか。俺が作ったチーズケーキが食べたくなっちゃったんだね。うん、明日作ってあげるから一緒に材料を買いに行こう」
「やったー! 葵さん大好き」
「俺も君が大好きだよ」
葵さんに大好きだって言われちゃった! 嬉しすぎて踊りだしちゃいそうだ。その感情をどうにか表現したくて、とりあえず前髪がぐちゃぐちゃになるなんてお構いなしに、額をぐりぐりと彼の胸板に押し付ける。
「うふふー、相思相愛だね!」
「はは、そうだね」
顔を上げたら近い距離にあった黒色の瞳に吸い込まれそうになった。頭の後ろに触れたままだった大きな手に押されてまた胸元に顔をうずめる。背中をとん、とんと優しくリズムをとってたたかれて、なんだかあやされているみたいだ。
「俺が作るごはんは好き?」
「大好き。今日食べた居酒屋のごはんもなんだか物足りなくて……からあげも、葵さんが作ったやつの方がおいしかった。世界で一番好き」
「俺とおしゃべりするのは好き?」
「葵さんの声を聴くのは私の癒しだから大好き」
「俺とこうやってくっつくのは?」
「最初はすっごく緊張して身体がちがちだったけど、いまはちょっと慣れてきたかな。くっついていると、安心する」
「俺が君の頬や額にキスするのは?」
「緊張するけど、身体中が、ぶわーって勢いよく幸せになる」
「――うん、ありがとう」
彼が深く息を吸い込んだことによる一拍置いた後のお礼に、私は酔っぱらっていたからか違和感を覚えることはなかった。
それよりも、鼓膜に心地よく響くあたたかくて柔らかい声がまるで子守唄だなんて考えていて。私が赤ん坊だったら、きっと葵さんの声を聴いただけですぐに泣き止むし眠りについちゃうだろう。どちらともなく身体を離して、それでも近い距離で見つめ合う。
「まだ意識がふわふわしてるみたいだから、帰ったらシャワーは明日の朝にして今日はもう寝ようか」
「顔を洗って、はみがきをしてから寝る」
「うん。パジャマにも着替えようね。車、出すよ。眠っていていいからね」
「うん」
葵さんは車の運転も上手だから、心配しないで穏やかに眠っていられる。酔っぱらった私を家まで連れて帰ってくれる葵さん。なんだか初めて出会ったときのことを思い出す。ひとつ違ったのは、目が覚めて気づいたらすでに家の中にいてリビングのソファに座っていたことだ。
「起きた?」
「ん。かお、あらう」
「うん。手を貸すからつかまって」
支えてくれた葵さんにお礼を言って、いまだにちょっとだけふらつく足で洗面台がある脱衣所へ向かう。葵さんは、何かあったときのために扉の前で待ってるからねと脱衣所の扉を閉めた。今日はお世話になりっぱなしだ。今日はじゃない、今日もだ。
顔を洗って歯磨きをしているうちに酔いからかだんだんと睡魔が襲ってくる。早く着替えて寝たい。脱衣所に置いてあったパジャマに着替えると、ゆったりとした作りの服だったので身体周りが楽になる。脱衣所を出ると目の前の壁に葵さんがもたれかかって待っていてくれて私の手を引いてベッドに行く。
「はい、良い子だからもう寝ようね?」
葵さんを見上げ、だらしなく緩んだ顔で大きく頷く。今夜も葵さんが隣で寝てくれる。安心して眠れること間違いなしだ。安眠出来る。私を見下ろしたまま、ゆっくりとまばたきをした葵さんは、ふっとおかしそうに笑うと先にベッドに寝転んで自分の隣をぽんぽんとたたく。
「はい、おいで」
手はもう放れていたのに、まるで引っ張って導かれるようにベッドの上にのった。「頭はここだよ」と言われるままに葵さんの腕に頭を置いて目を閉じたら耳のすぐ近くで「おやすみ」が聞こえる。「おやすみなさい」とちゃんと返して、そのあとスイッチが切れたみたいに深くて心地の良い眠りに入った。