酔った勢いで契約したレンタルダーリンと期間限定の夫婦生活始めます!
第七話 レンタルダーリン桐生葵の眼鏡姿ごちそうさまです
葵さんと期間限定の夫婦生活を始めて数日が経った。
今日は葵さんが外に用事があると出掛けて行ったんだけど、葵さんの用事が終わる夜に外で待ち合わせをして一緒にイルミネーションを見に行こうと誘ってくれた。クリスマス間近の街はすでに至る所で煌びやかにあたたかな光を散らせている。
二つ返事で「行く!」と答えたあと、待ち合わせの時間まで着て行く服をたくさんクローゼットから取り出して、ああでもないこうでもないとコーディネートを考え、慌ただしかった。
だって、これはデートだ。葵さんとイルミネーションを見に行くという一大イベントだ。そりゃあもう最大限に可愛くしていきたい。でも、めちゃくちゃ頑張りました! という雰囲気は出したくない。自然な感じの可愛さを目指す。なんて考えて支度をしていたらあっという間に時間が来て、ぱたぱた慌てながら家を出たから外は当然寒いのに手袋なんてものは頭の中からすっぽり抜け出ていた。
葵さんから連絡をもらっていた待ち合わせ場所まではスマホ画面に映した地図アプリを駆使した。ここの道を行ったら見えてくるはずだ。

「あ」

そうだ、メッセージを送っておかなくちゃ。約束の時間まであと五分だけど、一応。もうすぐ待ち合わせ場所に着きます。と短く文章を打って歩き出す。小さな広場が見えてきた。よく待ち合わせに使われている場所なのか人がちらほらと立っているけれど葵さんのオーラが段違いに輝きすぎていて私のセンサーがすぐに反応した。後ろ姿だけどわかる。格好良さが溢れている。間違いなくあの後ろ姿は葵さんだ。
小走りに彼に近づいて行き名前を呼んだら、ふわりと軽やかに振り向いた彼が朝に出掛けたときの彼の姿と若干違って「んぅぐ!?」なんて変な声が出た。
フレームの細い金縁の丸眼鏡……? え、眼鏡をかけている!? 眼鏡越しに瞳を細めてはにかんでいるけれどあまりの衝撃に呼吸困難に陥っている。勢いよく口元を覆って目線を逸らしてしまうくらいには動揺していた。
待って待って眼鏡って、眼鏡って……! 伊達眼鏡なの!? あああちくしょう悔しいくらい似合ってる! テンションが上がって思わず心の中でちくしょうとか言ってしまった。お口が悪いわよ私。ダメよ私。
自分を落ち着けるためにこほんと一度咳をしてから小さく深呼吸。口元から手を退けたあと、にやける口元を誤魔化すために笑顔を浮かべた。
私が言うべき言葉は「お待たせ」だ。

「眼鏡ごちそうさまです」

ぴしり。私の動きが完全に止まった。言ってからハッとしたけど、言うべき言葉と心の声が逆に飛び出した。ばかか。私のばか! 勢いよく両手で顔を覆って天を仰いだら、葵さんが「ふ」と吹き出した。

「違うのこれは心の声が漏れただけで言いたかった言葉はお待たせであまりにも眼鏡が眼鏡がああああ」
「うん。わかってるよ。よしよし、落ち着いて」

頭ぽんぽんまでされたら感情のブレーキは壊れたも同然だ。全力でアクセルを踏んでいた。

「葵さんすき」
「ふふ、うん。俺も君が好きだよ」

ちらりと葵さんを見上げたら、とっても良い顔で笑っている。そして、何か思いついたような表情をしたあと、掛けていた眼鏡を外して私の目元に近づけてきた。少し驚いて目を細めた私にかけられた眼鏡。男性用みたいで私には少し大きくてパッドの位置がずれてしまう。

「ああ。確かに眼鏡ごちそうさまですって気持ちが分かるよ。可愛い」

つん、と私の鼻先を人差し指で一度つついたあと、彼は眼鏡を自分に掛けなおした。私の手を取って、そのまま自身のコートのポケットに導いていく。葵さんの手と一緒にポケットに入りこんだ私の手。ポケットの中は葵さんの体温でぽかぽかしている。

「今から行く広場なんだけど、食べ歩きできるスポットがあるんだ。今日の夕飯はそこでイルミネーションを見ながらいろんなものを食べようか」
「うんっ。えへへ、楽しみ」

もう嬉しさと幸せでだるだるの緩んだ顔をしている自覚がある。恋する相手とのデート。しかも冬のイルミネーションを見ながらゆっくり歩くデートは私の憧れのシチュエーションだった。そこにおいしい食べ物までプラスされているんだからテンションがぽわぽわしちゃう。
街がきらきら輝いている。繋がった手があったかくて、葵さんと言葉を交わして目を合わせてはにかみ合うこの時間が宝物みたいだ。
イルミネーション広場に立ち並ぶ出店では「食べたい!」と思ったものを片っ端から制覇した。葵さんが食べていたものを一口貰ったり、逆に私が食べていたものを葵さんが味見したり。間接キスだ! って初々しくどきどきしていたのはきっと私だけだ。

「えへへ、楽しい」

ポケットの中で繋がった手をむにむにしたら、葵さんはくすぐったそうに笑って私を見下ろした。その瞳にどこかぽかぽかとしたあたたかさを感じて私の胸にじんと熱が灯る。
綺麗な場所を見つけては、葵さんが「写真を撮ろう」って言って私の肩を引き寄せてくれた。葵さんのスマホに保存されたのは私と葵さんの身体や顔が近く、時折ぴとりとくっついた写真だ。くっつく度に葵さんから良い香りがして全身の力が抜けそうになった。

「嬉しい。葵さんとの思い出だ」

綺麗に撮れた写真が写ったスマホの画面を覗き込んだあと、へにゃへにゃの緩い笑顔で葵さんを見上げたら葵さんはゆっくりまばたきをして目元を柔らかに細めた。黒色の瞳がイルミネーションに負けないくらいきらきらしている。とっても綺麗だ。この世界で一番綺麗な色なんじゃないかなって思える。そんな瞳に見つめてもらえているなんて、素敵な世界だ。

「ふふ、幸せ。葵さんすき。いっぱいすき」

ずっとずっと楽しくてどきどきして幸せで。そんな感情が、ぽん、と表に現れるたびに素直に口にして葵さんに伝えていた。
「楽しい」「嬉しい」「幸せ」。あと定期的に「葵さん、すき」を零す。ほぼ無意識に近かった。それくらい自然にするすると感情を彼に伝えていた。
ふとまた、彼に幸せと好きを伝えたときだ。葵さんの瞳がどこか違った意味できらきらしているように見えた。私を見下ろす表情に愛情を感じたのはきっと、私の都合の良い解釈だ。葵さんに恋をしている私が勝手にかけたフィルターだろう。

「君は可愛い人だね」

ゆったりと心の奥に届けるような声色だった。突然そんな風に言われてなんて返していいかわからなかった。結局返事はできずに、ただ黒色を見つめていると葵さんがとろりと甘く、そしてふわりとはにかんだ。

「俺も幸せだ」

その笑顔があまりにも格好良く、綺麗で。世界の時が止まったんじゃないかと思った。

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