酔った勢いで契約したレンタルダーリンと期間限定の夫婦生活始めます!
幸せと大好きをいっぱい噛みしめた帰りの電車では遊び疲れてうとうとしてしまった。気づいたら葵さんに頭を預けて寄りかかって眠っていた。遊び疲れて眠たくなるなんてまるで子供みたいだ。でもそれくらい全力で楽しんだんだ。
葵さんに手を引かれて、ゆっくりとした足取りで家に帰りついた私は寝ぼけ眼でリビングに足を進める。

「はい、おかえり」
「ん、ただいま」

葵さんの手が私の頬を撫でて、髪をすくうと耳に掛けてくれる。手つきがとっても優しくて、心がふわふわしちゃう。見下ろされる瞳もきらきらしていてとってもあたたかい。
親指で私の目元を撫でていた葵さんの右手に左手を重ねた私は、今日一日の幸せをいっぱい噛みしめてはにかんだ。

「楽しかった」
「――うん、俺も楽しかったよ。また一緒に出掛けようね」
「うん」
「さ、お風呂の準備をしておいてあげるから、用意をしておいで――って言いたいところだけど、先にお片付けをしようか」
「……お片、付け?」

こてんと首を傾げた私は葵さんの視線を追ってリビングを見渡す。綺麗に整頓されていた部屋に散らかっているのは、家を出る前に散々コーディネートに悩んで引っ張り出して広げた服だ。さあああと血の気が引いて一気に眠気が覚めた。家を出るぎりぎりまで悩んでそのまま片付けていなかったんだ。

「ご、ごめんなさい」

しゅん。だった。眉を下げて視線も落として、葵さんの顔が見れなくなっちゃった。葵さんを惚れさせるぞって息巻いていたのに、こんなに部屋を散らかして、片付けずに家を出ちゃうなんて惚れてもらうどころか呆れられちゃったはずだ。心がずきずきと痛んでくる。やってしまった。どうしよう。とりあえずお片付けしなくちゃ。
少し半泣きになりながら近くにあった服を手に取ってクローゼットがある部屋に行こうとしたら後ろから伸びてきた腕が私をすっぽりと包み込むように抱きしめた。

「怒ってないよ。だからそんな悲しい顔しないで。俺のためにいっぱい考えておしゃれしてくれたんだろ?」
「あ、葵さんとデートだって思ったら、はしゃいじゃって……ギリギリまで悩んで、散らかしたまま家を出ちゃいました……ごめんなさい」
「うん。いっぱい悩んでくれてありがとう。一緒にお片付けしようか」
「ううん! これは私が散らかしたから、責任をもって自分で片付ける!」
「――ん、良い子良い子」

ゆったりとした甘い声でそんなことを言いながら私の頬に彼は頬をすりすりする。頭を撫でる代わりに頬で撫でているんだろう。

「君のほっぺはふにふにで、すべすべで気持ち良いね。キス、したくなるな」

そして、ちゅうと触れた唇。しっかりと、リップノイズを立てて頬に当たったそれの威力に私の首から上は吹き飛んだ。いや、実際吹き飛んでいないけど吹き飛んだくらいの衝撃があった。

「おっ」
「お?」

「お片付けします」って言い放った言葉のほぼすべてに濁点がついてしまった。そこからものすごい勢いで服を回収した私はウォークインクローゼットに駆け込み、扉の前でずるずるとしゃがみこんだ。
か、勝てない。果たして私は葵さんを落とすことができるのか。むしろ私の方がどんどん深い穴に落ちて出られなくなっている。
今日のデートの時に見た葵さんのいろんな表情を思い出す。彼もずっと楽しそうにしてくれていた。幸せだって言ってくれた。なんか、葵さんと本当に両想いになったみたいな感覚だった。

――君は可愛い人だね。

あのときの笑顔が目に焼き付いて離れない。葵さんがあんな風に笑ったの初めて見た。とっても自然で、それでいて格好良くて、甘くて、ほわほわしていて。
思い出しただけで身体の力が抜けてくる。幸せで全身が痺れているみたいだ。目元にじわじわ涙がにじんできてしまった。葵さんのことが大好き過ぎて泣けてきた。人が好きすぎて泣いちゃうってどういう現象だ。
とにかくお片付けをしないと。ぐずぐず鼻をすすって、恋の涙を拭いながら服を片付けていく。すべて片付け終えてリビングに戻ると、ラフな格好に着替え終えていた葵さんが私を見て口元を緩めた。そして、おいでおいでと手招きする。何かな。
彼に近づいて傍まで来ると、そのまま両腕が伸びてすっぽりと抱きしめられた。突然の行動に私の肩が、ぴゃっと跳ねる。後頭部に添えられた大きな左手のひらが、まあるい頭の形を確かめるようにゆっくり撫でてくれる。

「葵さん……?」
「ん。君のことが可愛くて、撫でたくなっちゃんだ」
「なに、そ、れ」

か細い声が出た。そうやってまた私を深い穴に落として行く。でも底が見えない真っ暗な穴じゃなくてきらきらした輝きに満ちた穴である。

「俺の気が済むまでなでなでの刑」

何その言葉選び! 葵さんが可愛すぎて興奮のあまり力いっぱいぎゅうぎゅう抱き着いてしまったら、彼は「苦しいよ」ってからからと笑いながら私を撫でる。実際は全然苦しくないんだろう。葵さんが楽しそうに、嬉しそうに。それでまた幸せそうに私の頭を撫でてくれるから、私は甘えて全力で受け止めた。

「私の気が済むまでぎゅうぎゅうの刑」
「あはは。可愛い。よし、どっちの刑が先に終わるか勝負しようか」
「負けない!」

二人でなでなでとぎゅうぎゅうをしあっていたんだけど、結局お風呂が沸いた音声通知が聞こえるまで続いて、勝負は引き分けとなった。

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