記憶を失った婚約者からの溺愛に困惑しています
「なんて美しい……」

 うっとりと空色の瞳を細める男を、アリエノールは信じられない思いで見詰めていた。

「あなたが俺の婚約者なのか?」

 アリエノールははっと我に返ると顔を引き締めた。

「はい……オーランド殿下、本当に記憶が……?」
「ああ……自分が何者かすら思い出せないんだ」

 艶やかな蜜色の髪を掻き上げて、ふうっと気怠げに溜息をつく様は妙に艶めいていた。そして寝台の上からアリエノールを見上げる瞳は、これまで見たこともないほどに熱を帯びている。

 アリエノールは面に出さないながらも、内心酷く動揺していた。オーランドにこんな瞳で見られたのは初めてのことだ。

「あなたの名前を教えてくれないか」
「……アリエノールと申します」
「アリエノール……君にふさわしい美しい名だ。俺は君を何と呼んでいたのだろう?」

 アリエノールははたと考え込む。果たして名を呼ばれたことなどあっただろうか?

「殿下が私の名を呼ばれたことはないかと」

 オーランドは目を見開いた。

「あなたと俺は……上手くいっていなかったのか?」
「私ごときに殿下のお心を図ることなど出来ません」

 あなたの心など知ったことかとアリエノールは内心毒づく。

「そうか……ならば今日からあなたとの関係を始めよう。アリエノール……アリーと呼んでも?」
「……はい」
「俺のことはオーリーと呼んでくれないか?」

 アリエノールは悟られないほど微かに眉を潜めた。

「ご命令でしたら……オーリー様」
「命令だなんて……他人行儀なのだな……」

 オーランドは悲しげに目を伏せる。そして躊躇いがちにアリエノールの手を取ると甲に口付けた。

「これから毎日少しで構わない、俺との時間をくれないか?」

 国の第二王子を相手にアリエノールが否などと言えるはずもない。

「……オーリー様のお心のままに」

 アリエノールの完璧な淑女の笑みに、オーランドはぎゅっと眉根を寄せた。
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