あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
 その夜、アリエノールは夢を見た。

 (ここは?)

 一面に広がる平原。澄み渡る空の青さにアリエノールは目を細める。

「ノエル!」

 声のする方へ眼を向ける。

(オーリー……様?)

 オーランドが蕩けるように笑んでアリエノールに手を差し伸べていた。アリエノールは駆けだしオーランドの胸に飛び込む。

「ファロール!会いたかったわ!」

 嬉しくて幸せで愛おしくて堪らない思いが胸を満たす。
 これは――誰かの記憶?
 アリエノールは傍観者のようにただ見ている事しかできなかった。

「いい子にしていたか? 離れている間も君のことばかり考えていたよ」
「私はもう子どもではないわ。結婚だって出来るのだから」

 途端にファロールと呼ばれた男の顔が曇る。

「……誰か、好いた男でも?」
「あなた本気で言ってるの?」

 ノエルは唇を尖らせた。

「私はずっとあなたが好きだと言ってきたでしょう? 子どもの戯言だと聞き流していたの?」
「いや、そんなつもりは……ノエル、本当に?」
「私にはずっとあなたしか見えていなかったわ、ファロール」
「……ノエル!」

 ファロールはノエルを強く抱き締めた。少し痛い位だ。でもノエルは嬉しくて堪らなかった。大好きなファロールにこんなにも求められて――



「ファ……ル?」

 夢と現実の区別がつかなくて、目覚めたアリエノールは暫しぼんやりと天井を見詰めていた。

『寝ぼけてるの、アリエノール?』

 からかう様にコツコツとゼルが額をつつく。

「もう、痛いわゼル。おはよう」
『おはよう、夢でも見てたの?』
「ええ、夢……なのかしら?」

 とても幸せな気持ちが今も胸を満たしていた。
 オーランドによく似た男――ファロール。彼からの惜しみない愛情はアリエノールにも痛い程伝わってきた。
 胸の奥がぎゅっと切なく疼く。ノエルに同調してしまったのだろうか、アリエノールは無性に「彼」に会いたくて堪らなかった。
 今日はオーランドとの面会の日。初めて感じるそわそわと落ち着かない気持ちに、アリエノールはこの時心底戸惑っていた。
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