あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
「アリー!」

 応接室へ入るなりオーランドはアリエノールの側まで駆け寄ってきて、伸ばしかけた手をピタリと止めた。

「アリー、その……抱き締めても?」

 昨夜の夢に心が引き摺られているのか、アリエノールはオーランドの顔を見るのが妙に気恥ずかしかった。赤らむ顔を隠すように横を向くと、小さく頷いた。途端にアリエノールの体はすっぽりとオーランドに抱きすくめられていた。

「昨日会ったばかりだというのに、もう会いたくて堪らなかったよアリー……」

 今日の自分はどこかおかしい。ドキドキと胸は忙しなく、頭はフワフワと現実感がなくて落ち着かない。

「アリー、緊張してる? 体が強張っている」
「そう……かもしれません」

 アリエノールは赤い顔を見られたくなくて俯く。そんなアリエノールの背を、オーランドは優しく宥めるように撫でる。

「無理させているかな……でも嬉しいよアリー、俺に歩み寄ろうとしてくれて」
「無理など……」

 アリエノールの胸が、ノエルの心が宿ったような暖かい感情で満たされる。
 違う、この人はファロールではないのよ!
 分かっている! 分かっている、けれど……
 アリエノールは堪らずにオーランドにしがみ付いた。

「私はおかしいのです……」
「おかしい?」
「あなたの側に居るのが苦しくて堪りません……」
「アリー、それは……」
「あなたから離れればこの苦しみはなくなるのですか?」

 オーランドは言葉に詰まる。そうかもしれないし違うかもしれない。

「違ったらすまない。俺の願望がそう思わせているのかもしれない。でも……もしかしたら君は俺を憎からず思ってくれているのか?」

 今度はアリエノールが言葉を失う番だった。この感情があの夢に引き摺られてのものなのか、アリエノール自身のものなのかが良く分からなかった。

「分かりません……自分の気持ちなのに、分からないのです」
「俺を憎いだけでないのなら、今はそれでいいアリー。いつか分かったら聞かせて欲しい、君の本当の気持ちを」
「……分かりました、お約束します」

 アリエノールの髪に口付けながら、オーランドは再びアリエノールを包むように抱き締めた。その腕の暖かさに、アリエノールは素直に身を委ねてしまいたいような心地になって、内心酷く動揺した。
 きっと全てあの夢のせいだ。一体どうしてあんな夢を……ドキドキと騒がしい胸を抑えながら、アリエノールはひっそりとため息を零した。
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