あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
 僕は破壊の精霊。
 精霊はどうやって生まれるかなんて誰も知らない。気付いたらそこに居た、そんな感じ。

 皆んなが山を作ったり、街を作ったり、草花を育てたり──何かを創造してゆくものを僕は壊すことしかできない。壊して壊して壊して……皆僕を嫌って遠ざけた。

 ある日僕は気になる気配を感じたんだ。大きなお屋敷の敷地の外れにポツンと立つ荒屋。そこに1人で住む女の子。傷だらけで服もボロボロで薄汚れた痩せっぽっち。でも真っ赤な目が凄く綺麗だった。

『ねえ、君の名前は?』

 女の子は突然現れた僕にビックリしてたけど、特に怖がる様子もなく「ノエルよ」って言った。

『僕はゼル。ねえ、君一人ぼっちなの?』
「そうよ、私は悪魔の子なんですって。誰も私と話したがらないわ。あなたは平気なの?」
『悪魔の子? ただの人間にしか見えないけど?』
「そんなこと言われたの初めてよ、変な人ねゼル」
『僕は精霊だよ』
「ふぅん。まあなんでもいいわ、こんな所に何しにきたの?」
『何だろう? 君の力になりたいのかな?』
「精霊ってもの好きなのね。ならあなた友達になってよ」
『友達? それって何するの?』
「んー居たことないから分からないけど、きっと色んな感情を共有するのよ!」
『ふぅん……良くわかんないから君の側にいるよ』

 僕はその日からノエルの側に居た。ノエルはお屋敷の「お嬢様」なのに、奴隷みたいに働かされていた。
 赤い目が悪魔のようだって気味悪がられて、誰も人間として扱ってなかった。実の両親すら置いてやってるだけマシと思えって言ってるんだ、人間って情に厚い種じゃなかったの?
 そんなある日、ノエルは妹に粗相をしたとかで酷く鞭で打たれた。傷はかなり深くて、荒屋に辿り着く前にノエルは倒れた。

『大丈夫ノエル?』
「……ぜ……る……」

 ノエルは笑おうとしてた。でももうそんな力すら残ってなかった。ノエルの命の火が消えようとしてる。僕はノエルを助けたかった。でもそれにはどうしてもアイツの力が必要だ。躊躇してる暇なんてない、僕はノエルを抱き上げ、精霊の里に連れ帰った。

「……その子を助けたいのか?」

 いきなり現れた僕を咎めることもなく、全精霊の主は興味深そうにノエルを見た。

『……そう。お願いだからノエルを助けて』
「分かった。ノエルをこちらへ」

 精霊王──ファロールにノエルの体を預ける。ファロールは大事そうにノエルを抱き抱えた。凄く嫌な気持ちがした。ノエルは僕のなのに。

「酷い傷だな。数日預けて貰えれば回復するだろう」
『数日? お前の力ならすぐに治せるだろ?』
「人間は繊細な生き物なんだ。そんな事をしたら余計に身体に負担をかけてしまう。ゼル・ディガン、人間に興味を持ったことは喜ばしいが、もう少し彼らのことを学び識るといい」

 ファロールは微笑した。
 僕はファロールのこの偽善的な性格と顔が大嫌いだった。そんなこと全部お見通しなくせにファロールは僕にも分け隔てなく接する。本当にイケすかない男だ。

「こんな幼い子に酷いことを……」

 痛ましげに眉を潜めると、ファロールの全身が金の光に包まれた。ノエルの傷口が見る見るうちに塞がってゆく。憎たらしいけどフォロールの力は絶大だった。

「暫くこちらに寝かせるから、又折を見て来るといい」

 ずっと側に居たかった。でも悔しいけど僕にできることは何もない。僕は不貞腐れながらその場を去った。
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