あんなに嫌っていたのに……記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
 ノエルが意識を取り戻したのはそれから3日後だった。僕が駆けつけた時には、横たわったノエルにファロールが何だか良くわからない汁物を飲ませてた。

『ノエル!』

 ノエルは僕の姿を認め、僅かに微笑んだ。

「まだ話すことは出来ないが側に居てやるといい」

 立ち去りかけたファロールの袖をノエルの手が掴んだ。ノエルは不安そうにファロールを見ていた。
 ファロールは優しく笑うとノエルの手を握った。

「ここに君を害す者は居ない、ゆっくり休んで傷を癒すといい」

 それでもノエルはファロールの袖を離さなかった。ファロールは苦笑しつつその場に留まった。僕の胸は何だかモヤモヤと嫌な気持ちでいっぱいになった。

『ノエル、欲しいものはない?』

 ノエルは目を細めると弱々しく首を振った。

「元気になったら里を案内してやるといい。きっと気に入る」

 ファロールの言葉にノエルはキラキラと目を輝かせた。ノエルのそんな顔初めて見た。面白くない。ノエルは僕が先に見つけたのに。僕のなのに──
 僕のモヤモヤは日が経つにつれて大きくなっていった。話せるようになると、ノエルはファロールの話ばっかりするんだ。
 ファロールはノエルに人として生きるのに困らないよう色んな知識を授けはじめた。
 ノエルは元々賢い子みたいで、どんどん吸収して立ち居振る舞いから話し方まで洗練されたものに変わっていった。

 里に来てご飯もいっぱい食べるようになったからか、ノエルは見た目も大分変わった。僕はあんまり美醜のことは分からないけど、ノエルは凄く綺麗な女の子だと思う。
 里に来てノエルはすっかり元気で明るくなった。その上物怖じしないから精霊達に好かれて可愛がられてた。

『ノエルノエル、これあげる』
「まあ、森の精霊さんベリーをこんなに沢山! ありがとう! 早速ジャムにしてお裾分けするわね」
『わー楽しみ!』

 人間の食べ物が精霊達には珍しくって、料理上手なノエルは精霊達の人気者だ。嫌われ者の僕が側に居たって皆気にせずノエルに構うんだ。
 里を歩けばノエルノエルって皆ノエルの気を引きたくて仕方ない。でもノエルは僕が見つけたんだ。僕のものだ!

「どうしたのゼル?」
『別に……』
「ご機嫌斜めね。あとであなたが好きなクッキー焼いてあげるわ。機嫌直して?」
『僕のために?』
「そうよ、ゼルのためよ」

 僕の機嫌はあっという間に直った。ノエルにとって僕は特別じゃなきゃイヤなんだ。僕にとってノエルが特別なように。
 でもね、僕は人間の複雑な感情ってものを分かってなかったんだ。人間にとっての「好き」って感情には色んな意味があるなんて僕は知らなかった。
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