あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
 ノエルが里に来て数年が経った。たった一人の人間だけど、里の皆に受け入れられてノエルは幸せだって言ってた。
 僕もノエルと一緒に過ごす時間はとても幸せで楽しかった。でもファロールの話をするノエルは嫌いだ。目をキラキラさせて嬉しそうに笑うんだ。そんなノエル嫌いだ、大嫌いだ──!

 そんなある日、ノエルは頬っぺたを赤く染めながら嬉しそうに僕に言ったんだ。

「ねえゼル、私ファロールのお嫁さんになるのよ!」

 お嫁さん?
 ノエルはファロールのものになるってこと?
 ねえノエル、君は僕が見つけて僕の初めての友達になって、僕のこと大好きって言ってたよね?
 本当はファロールの方が好きだったってこと?
 僕は要らないの?

 あああああ! 胸が痛い! 張り裂けそうだ! ノエルはファロールのものになる! 僕を捨てるんだ!

 僕はこんなにも愛しているのに──!!


 気付いたら、ノエルは人形みたいに動かなくなってた。
 そんなノエルを抱きしめてファロールが泣いてた。 そして泣きながら僕を見た。目には激しい怒り。ファロールのこんな顔は初めてだ。

『僕は破壊の精霊。最大の愛情行為こそが破壊。僕の愛がノエルを壊した』
「……お前の特性は理解してるつもりだ。だが許すわけにはいかない……」

 甘いんだよファロール。お前は僕を消すことだって出来るのにそうしない。結局お前は僕の力を封じるに留めた。でもノエルを壊して喪って生きる千年という月日は中々に残酷なものだったよ。まさかここまでを見越しての罰だったのならお前は恐ろしい男だ。

 ファロールは自分の本体を大地の礎とし、魂の欠片を輪廻の輪に潜ませた。ノエルの魂と共に人としての生を歩めるように。
 僕は僕でノエルの転生をじっと待った。待って待って待ち続けて千年後──やっとノエルの魂は新たな生を受けた。

 忌々しいことにファロールの魂も先んじて転生を果たしていた。けれど幼子のファロールは何の力も持たない本当にただの人間のようだった。
 僕は千年かけて綻びかけていた封印のおかげでファロールの人格を封じて、別の人格を植え付けることができた。ひたすらノエルの魂を嫌悪する人格を。

 本当は殺してやりたかった。でもそうしなかったのは、ファロールは僕を殺さなかった。だから僕もファロールを殺さない、それだけのこと。

 でも──

 僕の植え付けた人格は完璧な働きをした。僕の望み通りアリエノールはファロールを嫌ったんだ。

 「あんな男いなくなればいいのに」

 その言葉を聞いて僕は歓喜に震えた。ああ、他でもない君が望むならそうしてやろう。
 僕はファロールを本気で殺すつもりだった。けれど死を悟った偽の人格は、怖気付いたのかあっさりとファロールに人格を明け渡した。
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