あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
ヒーレント王国――古来より精霊王の加護を受け栄える大国だ。
その影響かこの国では極々まれに精霊付きの乙女が誕生する。
乙女達は王族かそれに準じる高位貴族の花嫁となるのが慣例で、神殿で大切に保護育成されていた。
孤児であったアリエノールも例外ではなく、精霊の存在が確認されるや否や神殿に召し上げられた。
神殿には精霊付きの乙女がアリエノールの他に二人居た。
一人はアリエノールより五つ年上のマリア。穏やかで才色兼備な彼女は王太子の婚約者となった。
もう一人はアリエノールより三つ年下のターシャ。お転婆で明るい彼女は公爵子息との婚約が決まっていた。
三人は血の繋がりはないながら、実の姉妹のように睦まじく育った。
第二王子であるオーランドとアリエノールの婚約が決まったのは、忘れもしないアリエノールが十歳の誕生日を迎えたその日だった。
王族は礼拝や儀式で度々神殿を訪れるため、幼少の頃から顔見知りの二人だったが、昔からオーランドはアリエノールを毛嫌いしていた。見れば不機嫌丸出しで寄るな触るなと追い払う。
最悪だったのはオーランドに突き飛ばされて池に落ちた時だ。故意だったか事故だったか定かではないが、子供では足の届かない深さの水でアリエノールは溺れた。そんなアリエノールをオーランドはただ冷ややかに見下ろしていた。
彼にとって自分は、虫けらにも劣る何の価値もない存在なのだ──幼いながらアリエノールは悟った。
そしてその事実はアリエノールの心に深い疵痕を残した。この時のオーランドの冷酷な瞳がアリエノールはいまだに忘れられない。
この時はすぐに異変に気付いた神殿の騎士に救われ事なきを得たものの、それ以来アリエノールは本格的にオーランドと距離を置いた。どこかで彼に嫌悪以上の恐怖心を抱いていたからだ。
なのに──そんなオーランドとの婚約は、アリエノールにとって死刑宣告にも等しかった。
「お前と結婚なんて冗談じゃない!寄るな気持ち悪い!」
婚約者として正式に王宮に招かれ、対面するなりオーランドは吠えたてた。だがこんな暴言アリエノールはすっかり慣れっこだ。
それはこちらのセリフだと思いつつもただ無言で微笑を浮かべるアリエノール。オーランドは忌々しげに舌打ちすると目を逸らした。
どうせ逃れられない婚姻、アリエノールなりに少しでも歩み寄ろうと試みた頃もあった。けれどオーランドはその度に冷たくあしらい、露骨な嫌悪の表情を隠しもしなかった。
アリエノールが十六歳になると、オーランドの婚約者として度々夜会に招かれるようになった。しかし彼にエスコートされたことなど最初の一度きりだったように思う。しかも相当嫌そうに……
うっかり会場で顔を合わせようとも、派手な美女に取り囲まれ、アリエノールなどいないもののように扱うのが常だった。
そのため精霊付きの乙女として表向き敬われてはいたものの、アリエノールは婚約者に見向きもされない惨めな令嬢として同性から蔑まれていた。
その影響かこの国では極々まれに精霊付きの乙女が誕生する。
乙女達は王族かそれに準じる高位貴族の花嫁となるのが慣例で、神殿で大切に保護育成されていた。
孤児であったアリエノールも例外ではなく、精霊の存在が確認されるや否や神殿に召し上げられた。
神殿には精霊付きの乙女がアリエノールの他に二人居た。
一人はアリエノールより五つ年上のマリア。穏やかで才色兼備な彼女は王太子の婚約者となった。
もう一人はアリエノールより三つ年下のターシャ。お転婆で明るい彼女は公爵子息との婚約が決まっていた。
三人は血の繋がりはないながら、実の姉妹のように睦まじく育った。
第二王子であるオーランドとアリエノールの婚約が決まったのは、忘れもしないアリエノールが十歳の誕生日を迎えたその日だった。
王族は礼拝や儀式で度々神殿を訪れるため、幼少の頃から顔見知りの二人だったが、昔からオーランドはアリエノールを毛嫌いしていた。見れば不機嫌丸出しで寄るな触るなと追い払う。
最悪だったのはオーランドに突き飛ばされて池に落ちた時だ。故意だったか事故だったか定かではないが、子供では足の届かない深さの水でアリエノールは溺れた。そんなアリエノールをオーランドはただ冷ややかに見下ろしていた。
彼にとって自分は、虫けらにも劣る何の価値もない存在なのだ──幼いながらアリエノールは悟った。
そしてその事実はアリエノールの心に深い疵痕を残した。この時のオーランドの冷酷な瞳がアリエノールはいまだに忘れられない。
この時はすぐに異変に気付いた神殿の騎士に救われ事なきを得たものの、それ以来アリエノールは本格的にオーランドと距離を置いた。どこかで彼に嫌悪以上の恐怖心を抱いていたからだ。
なのに──そんなオーランドとの婚約は、アリエノールにとって死刑宣告にも等しかった。
「お前と結婚なんて冗談じゃない!寄るな気持ち悪い!」
婚約者として正式に王宮に招かれ、対面するなりオーランドは吠えたてた。だがこんな暴言アリエノールはすっかり慣れっこだ。
それはこちらのセリフだと思いつつもただ無言で微笑を浮かべるアリエノール。オーランドは忌々しげに舌打ちすると目を逸らした。
どうせ逃れられない婚姻、アリエノールなりに少しでも歩み寄ろうと試みた頃もあった。けれどオーランドはその度に冷たくあしらい、露骨な嫌悪の表情を隠しもしなかった。
アリエノールが十六歳になると、オーランドの婚約者として度々夜会に招かれるようになった。しかし彼にエスコートされたことなど最初の一度きりだったように思う。しかも相当嫌そうに……
うっかり会場で顔を合わせようとも、派手な美女に取り囲まれ、アリエノールなどいないもののように扱うのが常だった。
そのため精霊付きの乙女として表向き敬われてはいたものの、アリエノールは婚約者に見向きもされない惨めな令嬢として同性から蔑まれていた。