あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
 オーランドが意識を取り戻したのはそれから一週間後のことだった。その間アリエノールは寝る間も惜しんで寄り添っていた。

「オーリー……様?」
「……ゆ、め?」
「夢ではありません、現実です……!」

 アリエノールは嗚咽を堪えて涙を零した。この一週間生きた心地がしなかった。これまで受けた仕打ちなんてたわいもないことに思える程、オーランドの命が失われることのほうが恐ろしかった。
 傍で泣き崩れるアリエノールにオーランドは驚きながらもたどたどしく頭を撫でた。

「殿下! 漸く意識が!」

 すぐに医師が駆け込んできた為、アリエノールは涙を拭いながら場を譲る。オーランドは残念そうに目を細めた。



 あと3日は絶対安静に! と何度も念押しをして医師は退室した。

「どうぞ休んでください。寝にくいのであれば暫く退室しますので」

 オーランドは首を横に振る。

「行かないで、どこにも……」

 弱々しく差し伸べられた手を、アリエノールは両手で包んだ。

「分かりました、何処にもいきません。ずっとお側におります」

 優しく微笑んだアリエノールの頬に一筋伝う涙。他でもないオーランドを思っての涙──美しいと思った。じんと胸の奥が熱くなる。

「……ずっと君を見ていたい」

 途端に真っ赤になるアリエノール。ああ、本当に何て可愛い。

「そういうのは、元気になられてからにして下さい……今は怒るに怒れないじゃないですか……ズルイですオーリー様」

 心底困り果てたような表情すら可愛らしく思えて堪らない。今体が自由になるならば、確実に抱き寄せて……キスくらいはしていただろうか?

「ごめんねアリー。君の色んな顔が見られるのが嬉しくて堪らないんだ」

 アリエノールはきゅっと唇を引き結ぶとぷいっとそっぽを向いてしまった。ああ、残念。
 アリエノールの綺麗な横顔を眺めているうちに、トロトロと意識が微睡んできた。先程飲まされた薬に睡眠薬の類でも含まれていたのだろうか。

 オーランドは掌にアリエノールの温もりを感じながら深い眠りに落ちた。





 オーランドの寝顔を見詰めながら、アリエノールはこの一週間を思った。
 ほとんど睡眠をとることもなく付き添うアリエノールを心配して、皆が休むようにと促した。けれどオーランドの目覚めを見届けるまではどうしてもここを動きたくなかった。

 毎日青白い顔を見詰め、胸苦しさに耐えながら清拭し、関節が固まらないようにと懸命にマッサージを施した。

 あの綺麗な青い瞳が見たい。

 アリーと甘く呼ぶ声が聞きたい。

 どうしようもなくあなたに会いたい──

 漸く意識を取り戻したオーランドを見た瞬間、アリエノールは胸の奥が強く激しく揺さぶられた。

(もう離れたくない。私どうしようもなくあなたが好きなんだわ……)

 思いが溢れて涙が止まらなかった。頭を撫でてくれるオーランドの辿々しい手の温もりも愛おしくて堪らなかった。

「オーリー様……」

 少し痩せた頬にアリエノールはそっと口付けた。

「元気になられたら、お約束果たしますね」

 オーランドが見ていたならきっと見惚れたであろう美しい笑みが、この時アリエノールの顔には浮かんでいた。
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