あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
「まぁゼル!」
『ただいまアリエノール』

 虚空から現れたゼルは真っ直ぐにアリエノールの肩に降り立った。

「見慣れてるからこの姿の方が落ち着くわ」

 にっこり笑うアリエノールにゼルはふんっとそっぽを向いた。

『良かったね。僕はもう死ぬまでこの姿だよ』
「力が封じられただけではないの?」
『違うよ。破壊の力は全部あいつに吸い取られた。もう僕は破壊の精霊じゃないよ』

 アリエノールはゼルの体を両手で掴むと目の前に掲げた。

「それじゃあなた何になったの?」
『ただの弱っちい精霊……と言いたいとこだけど、あいつやっぱ僕には甘いんだな。自分の力を分けてよこした』
「ファロールの力をゼルが持ったってこと?」
『そうだよ。アリエノールを守らせるためにね。まあそれでも破壊と創造の力を持ったあいつに敵う奴なんてこの世界にはいないだろうけど』

 アリエノールはぽすっとゼルの柔らかい腹に額を押し当てた。

『くすぐったいよアリエノール』
「難しいこと、私には分からないけど……二人とも無事ならそれで良いのよ」
『君を壊そうとした僕を赦せるの?』

 アリエノールは鼻先でゼルの腹をグリグリと撫でる。

『くすぐったいってばアリエノール』
「人間と精霊は在り方が違うって私なりに理解してるつもりよ。あなたにとっての破壊は最大の愛情行為だったんでしょ? 私だって死ぬのは嫌だし、正直重たいとは思うわ。でも……」

 言葉を探すようにアリエノールは目を閉じた。

「ゼルは当たり前のように私の精霊……何度考えてもそこに還るの。私の精霊が私のためにした事なら仕方ないって何処かで受け入れられるの、不思議とね。でもオーリー様にした事は赦さないからね!」
『えーあんなやつどうなっても良いよ』
「前までは確かにそう思ってたけど……今はダメよ。オーリー様は私にとって大事な人なの」

 ムスッと口を噤むゼルにアリエノールはくすっと笑みを浮かべた。

「あなたのことも大事よ、私の精霊」
『……ならいい』

 憎めないなぁと思いながらアリエノールはゼルの柔らかい羽毛をモフモフと思う存分堪能したのだった。
 くすぐったいと嫌がるゼルへのお仕置きも兼ねて──
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