あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
「ターシャ、どうしたんだい?」
「レオ……」

 ターシャが瞳を潤ませながら見詰める視線の先を辿って、レオは表情を緩める。

「ああ、二人とも幸せそうだね」
「うん……でもこの先アリーを泣かせたら本気で許さないんだから……」

 敵でも見るような目でオーランドを凝視する婚約者に、レオは苦笑するとポンポンと頭を撫でた。

「もう! 子供扱いしないで!」
「デヴューは来年だし、まだ子どもだろ?」
「レオ!」

 上手いことターシャの怒りの矛先を自分に向けさせることに成功したレオは、感謝しろよオーリー、と心の中で呟く。
 当のオーランドは広間の中央で今日妻となったアリエノールと満面の笑顔でダンスを披露していた。本当に腹が立つほど幸せそうな笑顔だ。
 対するアリエノールもオーランドの愛を一身に浴びて輝かんばかりの美しさだ。初々しくも麗しい二人に会場中は溜息の嵐だった。

「怒ってたら勿体ないぞ、折角のアリエノールの晴れ舞台なのに」

 ターシャははっとしてアリエノールに視線を向けた。そして嬉しさの中に一抹の寂しさを含ませた笑みを浮かべる。

「アリー、本当に綺麗だわ……アイツ……殿下のことが本当に好きなのね。嬉しいけど複雑だわ……」
「大好きなお姉ちゃんを取られて悔しいって感じ?」

 途端にターシャの目が半眼になる。

「小難しい本ばっかり読んでても、相変わらず女心はちっとも分からないのねレオ。だからあなたモテないのよ」
「僕はターシャが居れば満足だし」

 ニコっと笑うレオにターシャはズルい、と思う。この屈託のない笑顔に何度毒気を抜かれたことか。

「ま、まあ良いわ。私だけは見捨てないであげるから有り難く思いなさい」
「我が姫よ、ありがたき幸せ……」

 レオが大仰に跪く。芝居がかったその仕草にターシャはぷっと吹き出した。レオはしたり顔で片目を瞑る。
 この飄々とした憎めない人柄とユーモアに何度救われてきただろう。ターシャは愛らしく微笑んだ。

「私……あなたが婚約者で本当に良かったわ」

 レオは大きく目を見開くとパチクリと瞳を瞬かせた。

「な、何よその反応は?」
「いや、あまりに可愛すぎてどうして良いか分からなかったよ」
「なっ……!」
「僕こそいつもそう思ってるよ。僕の婚約者がターシャで良かった、ターシャじゃなきゃ嫌だって」

 ニッコリ笑うレオにターシャの顔がボンっと真っ赤に染まる。両手で必死に隠そうとするターシャを微笑ましく思いながらレオは抱きしめた。

「これなら顔見えないだろ? 暫くここで大人しくしてるといい」

 むぅと唸りながらターシャは大人しくレオにしがみついた。ああ、可愛いなと思いながらレオは今、新妻にデレデレのオーランドの気持ちを正確に理解した。

「これは……堪らんだろなぁ……」
「何か言った?」
「オーリー鼻の下伸びっぱなしだなって言ったんだよ」
「本当よ! 良いことだけど……アリーのこと宝物みたいに大事にしてくれなきゃこれまでのこと許せないわ!」

 レオはゆっくりとオーランドに視線を巡らす。

「心配ないよ。オーリーはアリエノールが居なければもう生きていけないよ、あの調子じゃ」

 オーランドの幸せオーラ全開の笑顔を見て、ターシャは言葉を詰まらせた。

「……アリーが幸せなら良いのよ、殿下のことなんてどうでも良いの」
「ターシャにそんなに思われるアリエノールが僕は羨ましくて堪らないよ」
「あなたとアリーは全然違うもの」
「どう違うの?」

 うーんと考え事をする時唇をアヒルのように尖らせる癖も堪らなく可愛い。

「アリーは大事な家族で、あなたは……」
「僕は何?」
「……恥ずかしいから耳貸しなさいよ」

 レオは屈んでターシャの口元に耳を寄せた。

「愛する人、よ」

 あ、マズイ不意打ちだ。レオは咄嗟に口元を押さえる。きっと顔がだらしなく緩んでしまってる。

「ふふ、レオに一矢報いてやったわ!」

 腰に手を当ててドヤ顔で笑うターシャに、レオは敵わないな、と益々顔を緩ませるのだった。
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