あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
「君はよく俺にお手柔らかに、と言っていたけど……君こそお手柔らかに、だ」
「え? 私は何も……」
「無自覚だからタチが悪い……君は俺の心を掻き乱す天才なんだ……」
「そう……なの?」

 オーランドはアリエノールの手を取ると自分の胸に導いた。触れるとドクドクと早鐘のような鼓動が指先から伝わる。

「まあ……」
「君の言動は俺の息の根すら止められるかもしれない」

 神妙な顔をするオーランドにアリエノールは吹き出してしまった。

「ごめんなさい、でも私はどうすれば良いのかしら?」

 オーランドは少し考え込むと、観念したようにため息を零した。

「……そのままでいい、君は変わず俺を永遠に振り回してくれ」
「ふふ、分かったわオーリー」

 アリエノールの美しい微笑みにオーランドの胸は更に昂る。
 この愛しい人を漸く妻に──込み上げる甘く切なく、そしてわずかに感じる痛みこそは間違いなくファロールの残した傷痕だった。
 誰にも傷付けさせはしない。生涯守り大事に愛し抜こう。そしてこの痛みは己への戒めとして生涯忘れない。生きて共に時を刻めるこの幸せを日々噛みしめるのだ。
 ファロールの分までも──

「愛してるアリー……俺と共に居てくれてありがとう」
「オーリー、本当のあなたに出会えて良かった……私も愛してます。今私、とても幸せだわ」

 互いを見れば思いは溢れるばかり。誰が見ても相愛の二人を人々は温かい目で──時に嫉妬羨望も混じりつつ──見守るのだった。


 姿を見せることもなく、ゼルもじっとその様子を見守っていた。正直悔しい。悔しいしオーランドは相変わらず憎たらしいけれど、素直に似合いの二人だとゼルは思った。
 何よりアリエノールが幸せなのだ。破壊の力を失った為か、ゼルは以前より穏やかにアリエノールを見守ることが出来ていると感じる。
 アリエノールが言っていたではないか、「私の精霊」と。
 少し胸は痛むけれど、ゼルはそれで満足だった。アリエノールにとってもゼルは特別。それでいい。

 『君に尽きせぬ祝福を──』

 淡い金の光が優しくアリエノールの上に降り注いだ。人々は精霊の乙女の奇跡だと敬意を表し膝を折る。

 「まさか……ゼル?」

 辺りを見回すアリエノールを満足そうに見下ろしながら、ゼルはその場を後にした。

 『幸せにね、僕のアリエノール』

 ゼルの声がアリエノールには届いた気がした。

 「ありがとう、ゼル……」

 嬉しさと一抹のほろ苦さを湛えた涙を零すアリエノールに、ゼルの祝福はいつまでも優しく降り注ぐのだった。
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